姫と陛下の部下達の気持ち
この度の台風による被害のお見舞いを申し上げます
一日も早い復旧を心からお祈り致します
「……ご報告申し上げます。陛下と妃殿下なのですが、まだ寝室から出ていらっしゃいません」
騎士が報告してきた。
この騎士は妃殿下の国から付いてきた筆頭騎士だ。
「……昨日は初夜だったし、朝は大目に見て差し上げようと思ったが……もう、昼もだいぶ過ぎてしまったな」
父の後を継いで宰相となった私は、基本的には陛下に厳しく接していた。
だが、5年越しの「初恋の君」である妃殿下を娶られた陛下。結婚式での溺愛ぶりを見て、今日くらいは寝坊しても許して欲しいと伝えていたのだった。
「恐れながら、陛下は軍人としても素晴らしいお方ですので体力には問題が無いでしょうが、我が姫、妃殿下はそうではありませんので……」
やんわりとだが、妃殿下付きの騎士はしっかり抗議をしてくる。
まあ当然か。あの妖精の様に華奢な妃殿下が偉丈夫な陛下に、昨夜からこの時間まで愛されては……。
「しかも、朝も昼も食事を召し上がっておりません」
どう言ったものかと考えていたら、シビレを切らしたのか騎士は追撃で責めてくる。
「……陛下は大丈夫だろうが、妃殿下は心配だな。かと言って、王と王妃の寝室に乗り込むわけにもいかぬしな……」
「……では、メイド長に様子を見て貰い、こちらで判断致しますが宜しいでしょうか?」
「仕方が無い。妃殿下にとって良い様にして貰ってかまわない」
妃殿下の為には昔から知っているメイドや騎士が対応した方が良いだろう。
「では、そのように致しますので、どうか宜しくお願い申し上げます」
__語尾が強い。
多少の陛下への非礼は許せという事だろう。
「貴方達に任せます」
許可するほかないだろう。
しかし、我が陛下も今まで問題など起こさない真面目過ぎる程の方なのだが。
5年越しの「初恋の君」に、ここまで夢中になってしまわれるとは。
結婚式までは寝室は別という慣例を破っても、口付け以上はしないという約束は守られていたのに。
「……はぁ」
今まで誰よりもストイックにされていた反動だろうか。
騎士が退出した後、私は小さく溜息をついた。
◇◇◇◇◇◇◇
「宰相殿の許可を頂いた。もしもの時もだ。メイド長、よろしく頼む」
私は妻であるメイド長に告げる。
「分かりました。騎士達は少し部屋から離れて下さい」
妻は筆頭騎士で夫である私と、寝室の前で警護している騎士に言った。
姫の危機以外で男性である騎士達が寝室の様子を知る事は許されない。妻のメイド長は扉を少し開ける。
そして、素早く飲み物とフルーツが入ったワゴンと共に中に入った。
姫が無事ならよいのだが……。
◇◇◇◇◇◇◇
「失礼致します」
天蓋越しだけど、お二人は抱き合って眠っていたみたいね。
「……なんだ?」
陛下だけが目を覚ました。姫様は基本的に目覚めは良い方なのに……どれほど姫様を抱き潰したのかしら。
「もう、お昼も大分過ぎてしまいました。何かしっかりお腹にお入れした方が良いかと。召し上がりたい物があればご用意致します」
内心の苛立ちを隠し、陛下に笑顔で聞く。
「……そんな時間か。……姫」
「……んっ……」
「姫、何か欲しい物はあるか?」
「……ヘイカ」
「__うん?」
「陛下が……欲しい……」
「……姫。そうでは無く……」
「ダメなの……?」
「……姫。もう昼を過ぎている」
「ひる……?」
「何かちゃんと食べた方が良い」
「欲しいの……陛下が……ダメ……?」
「……姫」
予想外の展開だわ。
今朝は宰相の言葉もあり、初夜の後だからと考慮して一時間遅く起こしに行った。
先程の様に、騎士達に姫様達の様子が分からないように入ったのだけど、その時も幸いお二人共眠っておられた。
最初に起きたのは姫様だった。
『……もう、朝なのね。陛下、起きて下さい』
『……姫……』
『あっ』
ドサッ、ギシッ。
『姫……』
『んっ、へ、陛下……』
『姫……』
『ん…あんっ……』
天蓋越しだけれど、陛下が姫様を組み敷き熱烈に口付けているのが分かってしまった。しかも、なんやかんやで姫様も受け入れてしまっている。
何と言っても初夜の朝。既婚の自分にも覚えはある。ここまでは予想と許容の範囲だったので、飲み物とカットフルーツを置いて下がった。
だからこそ、お昼を過ぎても姫様達が部屋に籠っているのは陛下が姫様を離さない状況だと思っていたのに。
何てことだろう。今、目の前に広がる光景は今朝と真逆だわ。
姫様が陛下に抱き付き熱い口付けをしている。
天蓋越しでもハッキリと分かるほど。
姫様が陛下を拒否出来ない様に、陛下も姫様を拒否など出来ないわね。
(姫様。たった一晩で大人になられて……)
脳内に映像が浮かぶ。一緒に作った花冠をつけた妖精の様な小さな姫様とお庭でキャッキャウフフと追いかけっこをした清らかな遠い日の思い出が。
__いけない、逃避をしないで現実に戻らなければ。
私は念のために用意していた新しい飲み物とカットフルーツを古い物と交換して、素早く甘い空気のその場を去った。
◇◇◇◇◇◇◇
「姫は無事か?」
夫である筆頭騎士が私に心配気に聞いてくる。
「大丈夫でした。今朝、置いていた飲み物とフルーツは減っていたし少しは食されたのでしょう」
「だが、姫の体力が……」
「__意外と大丈夫そうでした」
「……本当か?」
「お二人は、私達が思っている以上にお互いを思いやっているみたいです。なので、想像していた様な状況ではありませんでした。ただ一時も離れたくないのでしょうね。お互いに」
夫に今見た光景をそのまま話すなど出来ようはずがない。
姫様が産まれた時からメイドとして騎士として勤めていた私達。
姫様を半分我が子の様に思っている。色恋など無縁だった純真で可愛らしい姫様が大人になってしまわれた。よりショックを受けるのは男性である夫だろう。父親的な意味で。
「そうか。確か陛下は『姫が嫌がる事は絶対にしない』と、姫に誓っていたそうだし、ただ単純に離れたくないとお互いが思っているだけか」
「__そうね。結婚式の姫様達の様子を考えれば不思議ではないと思うわ。今日だけは大目にみて差し上げましょう。頃合いを見てジュースとフルーツと今度はチーズとクラッカーを追加しておけば問題はないでしょう」
「では、そのように報告しよう」
◇◇◇◇◇◇◇
「……と、いう事でございます」
妃殿下の筆頭騎士が報告に来てくれた。
陛下が妃殿下を欲望のままにしていると思っていたが、そうでは無かったようだ。
よかった……。いやいや信じてましたよ陛下。伊達に厳しくしてきた訳では無いし、それに耐えてきた陛下なのだから。
__まあ正直、姫と再会してからの陛下を思うと少しは不安はあったが……。
女性に全く興味をしめさなかった陛下が、他国の王宮の庭で婚約もしていない王女に口付けようとしたり、婚約が決まってからは所構わず口付けしたり。
信じられない報告と我が目を疑う様な事ばかりだったが。
陛下は一貫して王妃には今の妃殿下以外は拒否されていたから仕方が無いと言えばそうか?
王太子の誕生日の宴で婚約を宣言してからの日々を思い出す。
通常は一年以上かけて結婚式の準備をするが、陛下は宴の後に最短で結婚式が出来るようにプレゼンしたらしい。
流石にあちらの王妃が「せめて一生に一度の花嫁衣装を作る時間は頂きませんと両国の恥になりますわ」と、仰ったそうだが。
しかし陛下は我が国のお針子を貸しだす事。その給金や滞在費はこちらで出す事。そう提案し、たった4ヶ月のスピード結婚式に持ち込んだのだ。
通常の三分の一以下にしてしまった陛下の手腕には驚いたが、もっと驚いたのはその短い期間でも陛下には長かったようだ。
「姫に会いに行きたい」
陛下が私と二人っきりの執務室で真顔で言ったのだ。
今思えば、初めての陛下の我儘だった。
「無理です。他でもない陛下がスピード結婚式を決めてきたのでしょう? 王女に会いに行く暇などあるわけがない。諦めてキリキリ働いてください。その方が姫に確実に会えますよ」
当然、バッサリ断ったが。
最短で結婚式を決めた為、本当に大変だった。
通常の政務に加え、国同士の威信をかけた結婚式という一大行事の準備なのだから。もう、あんな激務はしたくない。アラフォーの自分には地獄のような日々だった。
当然だが陛下も政務をいつも以上にこなされた。
そして、待ちに待った姫が我が国に来られる日が近づいた。
「宰相。姫と一緒の寝室で休むことにした」
「は??」
「もう決めた。姫の荷物も寝室に設置させた」
「何を勝手にされているのですか!! 式までの一か月は別の寝所という慣例を無視するのですか?! 姫の国の方への侮辱になりますよ?!」
「姫が嫌がったら諦めるが、姫が受け入れてくれるなら変更はしない」
断言した陛下を止める事は出来ないのは経験で知っていた。
「__花嫁衣装が入らないと言う事態だけは決してなさらないように」
「分かった。口付け以上の事はしないと誓う」
一応、真面目な陛下の誓いにホッとしたが。
だが、姫が我が国に入国したあの日。
そして、王の間に入られたあの時。
__宰相を含む部下達の心の声__
(何でお姫様ダッコ?)
(え? 玉座に一緒に座るの?)
(あの無表情な陛下が、めっちゃ優しい表情なんですが……)
(抱きしめて頭にキスか……って、唇に口付けてる!!)
(これって現実か?)
(王女の騎士とメイド達も引いてるよ……)
その場にいた私を含む部下達は冷静を装ってはいたが内心は混乱していた。
あまりにも普段の陛下とかけ離れていたからだ。
混乱し過ぎて皆真顔になっていたと言うのが真相だ。
これはマズイ。
宰相である私が注意をしたが。
__あれ、ウチの陛下ってこんなに察しが悪かったっけ?と、危うく混乱する所だったが上手くやれた。
姫達が部屋に下がった後、陛下に私は念を押した。
「姫が嫌がったら寝室は別です。受け入れて頂いたとしても口付け以上は絶対に!!しないで下さい!!」
「分かった」
いつものように短く言った陛下だったが。
初めて陛下の言葉を疑ってしまった。
結果的に陛下は約束を守ったが、そんな事もあっての今日。
初夜の後、昼過ぎまで食事もせず寝室に籠る。
そりゃ、少しは陛下に対し不安になるのも許して貰いたい。
どうなる事かと思ったが、そうだな。
やはり、陛下は陛下なのだ。
幼い頃から人並み以上の努力と我慢をしてきたのだ。
一線を越える様な事態にはなるはずは無い……だろう。
明日はちゃんとしてくれる……はずだ。
____次の日
「……ご報告申し上げます。陛下と妃殿下なのですが、夕食のお時間ですが寝室から出ていらっしゃいません」
妃殿下付きの筆頭騎士が報告してきた。
「……」
「どう致しましょうか?」
「……今日は朝と昼と午後のお茶はされたのだったな。ならば、大目に見て差し上げよう」
背中に嫌な汗を感じながら、冷静を装って騎士に告げる。2日続けて他国の騎士に陛下を否定する言葉を言いたくなかった。
まあ、昨日よりだいぶマシだ。許容範囲だと思って貰いたい。
「………………かしこまりました」
全然、かしこまってないな。まあ気持ちは分かるが、私の思いも分かって欲しい。
切実に。
騎士は去ったが、私は頭を悩ませた。
(陛下。明日の朝は流石に大丈夫ですよね? 普通に政務がありますからね? 信じてますよ?)
◇◇◇◇◇◇◇
「失礼致します。おはようございます。国王陛下。妃殿下」
メイド長の私が寝室に入ると、今日はお二人共起きていた。
そして私を見て言う。
「おはよう」
「おはよう。……昨日の夕食は……ごめんなさい。でも、置いていってくれたフルーツやチーズを食べたから……あの、大丈夫よ?」
陛下はいつも通りだけど、姫様は流石に気にしてらっしゃるようだ。
「メイド長、申し訳なかった。前日に心配をかけていたというのに。全て私のせいだ」
陛下が仰る。私は少し驚いた。
「陛下、私も……私だって悪いのです。ごめんなさい」
「姫。姫は悪くない。夫であり王である私が自分を止められなかったせいだ。華奢な姫が私を止められる訳がない」
「そんな……私だって……自分を止められませんでした……」
「ならば、増々私のせいだ。姫を止める事は私に取って雑作もないのだから」
陛下は優しく姫様の頬を撫でて仰っている。
「陛下……」
「姫。すまなかった」
「そんな……」
「姫を守ると、姫の理想の夫になると言ったのにな」
「陛下は私を守って下さる理想の夫です!!」
「そうか。では、周りにもそう思って貰えるように今日は王と王妃らしく過ごさねばな」
「はい。陛下の妻に王妃に相応しい行動をします」
「姫。愛している」
「私も」
陛下は一度、姫様のおでこに口付けると、朝の支度を始めて下さり姫様も同じく始める。
(甘------------い!! そして陛下、スゴーーーーーーーーイ)
そんな甘くも真面目な二人を見て、私の頭に浮かんだ人物達がいる。
一人は宰相の息子だ。
彼は熱を出した姫様が彼の言葉を守ってピアノの練習をした時にこう言った。
「ピアノが出来る体調かそうでないか判断出来ないのですか? 王族としてピアノの練習をしないよりも致命的な過ちをされるとは!! 騎士もメイドも何故姫を止めないのか!!」
もちろん私達は止めた。
だが、それよりも姫様は彼の言葉を守ろうとしたのだ。
彼もその事は充分理解していた、だからこその八つ当たりだと分かった。
彼は姫様が誰よりも大事で、姫様が熱や怪我をするのを人一倍気にし心配していたのだから。
その証拠に彼はいつもお見舞いに姫の好きな赤い薔薇を持ってくるのだ、どんな季節であっても。
二人目は天才魔術師。
夫から聞いていた。彼は姫様にワザと怪我をさせ「大丈夫」と、言って微笑む姫様に愛情を感じていると。
聞いているだけで本当に気分が悪くなる様な所業をする少年だった。
だけれど、高価な宝石をたくさん持っている姫様が一番大事にしていたのは彼が姫様にプレゼントした水晶や紫水晶だった。
彼は理解していた。姫様はお金を出せば買える高価な宝石よりも、少年が姫様を思って拾ってきてくれた宝石の方に喜びと価値を感じると。
三人目は解雇された姫付きのメイド。
姫様の嫌いな虫を放って姫の悲鳴や嫌がる顔に性的な興奮をしていた理解しがたい女性。
でも彼女は、メイド長の私から見ても気配りがあって優しく有能なメイドだった。
その日の温度や姫様の体調を素早く察して紅茶を用意していた。
姫様のふわふわとして可愛らしい髪は扱いが難しい。
でも、それを難なく珍しい編み込みにして姫様を喜ばせてもいた。
そんな彼等だからこそ、姫様は彼等を信用して愛していたのに。
彼等は姫様を酷い形で裏切った。
姫様は淡々と彼等との事を処理しているように見えたが、本当はとても辛かったはずだ。
それを姫様は私達に決して見せなかった。
姫様は私達に甘える事はしなかったのだ。
なのに。
ここ数日の姫様を思い出してみる。
姫様は……決して甘えてこなかった姫様は。
陛下にだけは甘えていた。
そして陛下は姫様を甘やかし守っている。
鼻の奥がツンとした。
姫様を女性として好きになる方は皆、姫様を傷つけてきた。
私達が薦めてしまった王太子すらも。
でも、陛下は違う。
優しい姫様に相応しい、優しくて大きな愛情を注いでくださる。姫様を傷つけるなど絶対になさらない本当の愛情を姫様に与えてくださった。
ドSばかりに一目惚れされずっと酷い目にあってきた姫様。
もう、私達が姫様を守りきれずヤキモキする事は無いだろう。
だって姫様は、素晴らしいお方を夫とされたのだから。
私はその気持ちと共に夫である筆頭騎士に報告した。
◇◇◇◇◇◇◇
「失礼致します」
妃殿下付きの騎士が、今朝の報告をして去った。
信じていましたよ!! 陛下!!
…………良かった。本当に良かった。
今日からの政務を陛下はいつものように完璧にされるだろう。
妃殿下も王妃らしく完璧にこなされるだろう。
騎士の言葉を思い出す。
『妃殿下は私達に甘える事などなさらない我慢強く努力家な方でしたが、陛下に対しては違うようです。しかも陛下は妃殿下を守って下さる。それに妃殿下は応えるでしょう。お二人は素晴らしいご夫婦になり、良き王、王妃になられます』
……陛下。
それはきっと。
そのまま陛下にも当てはまる。
幼少の時から誰よりも厳しく強くあれと教育され、微笑も必要以上の会話すらも禁じられた我が陛下。
我儘や甘えなど許される環境になかった陛下。
妃殿下に会われてからの陛下を思い出す。
陛下の生まれて初めての我儘……。
陛下もまた妃殿下に甘え、守られているのだろう。
目頭が熱くなる。
誰よりも近くで陛下を見て来た。
自分なら耐えられない日々を耐えてきた小さな陛下も。
そして、そんな陛下を5年も前から支えてくれたのは妃殿下である王女だった。
天国の陛下、王子は立派な王になり、最愛の妃殿下を迎えられお二人で益々この国を守って立派にしてくださいます。
甘えさせられない事を気に病んでおられましたね。もう大丈夫です。ご安心ください。
この先、私が陛下を疑う事も不安になる事も無いだろう。
陛下は愛する妃殿下と共にその期待に応えてくれる。
「やはり、我が陛下だ」
確信を持って私は一人つぶやいた。
お待たせいたしました。
私自身台風後に色々とありまして申し訳ありません。にもかかわらずブックマークの方はたくさん頂きました。
今回も楽しんで貰えたら嬉しいです、まだ少し続くと思いますが気長にお待ちいただけると幸いです♪




