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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

主人公の戦闘描写を《――キンッ!》だけで書いてみた

作者: クスノキ


 ここは西洋ヨーロッパ風の異世界。その山中に一人のサムライ(なぜ西洋風異世界にサムライがいるのかなどというツッコミはいれてはいけません)がいました。

 サムライは物心ついてからずっと剣の修行を続けてきました。雨の日も風の日も、来る日も来る日も剣を振るい続けて、ですが、一向に剣が上達する気配はありませんでした。


「くそっ! なぜなのだ!」

 サムライさんはとっても真面目でした。西洋風異世界なのに、和服を身に着け、使う武器は刀。数多の秘伝書を読み漁り、剣術仲間の技を盗みました。しかしサムライの剣技は上達しませんでした。

無数の技を知り、何時間と戦い続けられる体力を持っていても、サムライには才能がありませんでした。戦いのセンスがなかったのです。


 剣を振り始めてすでに三十年。親からは剣を捨てて結婚相手を見つけろと言われ、他の剣士からは無能とさげすまれる日々。それでもサムライは諦めずに、剣を振り続けました。

 そんなある日、サムライの頭に女の声が響いたのです。



『あなたにすばらしい力を与えましょう。いわゆるチート能力です』



 サムライは驚きました。剣を振りすぎて、ついにおかしくなったのかと思いました。頭を抱えるサムライをガン無視して、不審な女の声が響きます。



『どんな力でも差し上げましょう。あなたが望むチートは何ですか?』



「あぁ、駄目だ。俺はおかしくなってしまった。だがもしこの声が本当ならば、俺に必殺技をくれ。単純明快で、最強の、必殺技を」

 サムライは嘆きながら言いました。すると、女はクスリと笑い、サムライの頭上に光が降り注ぎました。



『ならば、あなたに最強のチート能力《――キンッ!》を差し上げましょう!!』



 それから、五年の年月が流れました。



   ***   ***



   ***   ***



 三年前、世界に魔王が出現しました。魔王は圧倒的な力をもって世界征服を宣言し、魔物と魔族を率いて人間たちに戦争をしかけてきたのです。言論ではなく、暴力に訴えようとするあたり、魔王は前時代的でした。そして暴力に暴力で返す人間たちも同じくらい前時代的でした。とはいえ、西洋異世界。おかしなところは何もありませんよね。

 そんなわけで人間は魔王軍に戦争をおっぱじめましたよ。しかし数で劣る人間たちは次第に劣勢になっていき、人心は乱れ、盗賊があちこちに出てくることとなったのです。


「おいっ! そこのサムライ! 腰に立派なイチモツをぶら下げてるじゃねぇか! それを俺たちによこして死ね!」


 山賊がサムライを見つけたのはただの偶然でした。サムライが深い山から下りてきたところを、山賊の一人が発見したのです。山賊は数に頼る習性から、サムライを取り囲み、殺害が前提の、脅しともいえない脅しを言い始めました。

 ちなみに山賊にそっちの趣味があるわけではありません。

 山賊たちの脅しに対して、サムライは無言でした。彼は腰に差した刀に手を当て、そして――



 ――キンッ!



「……」


 赤色が辺りに散らばり、山賊たちは輪切りになりました。サムライは山賊たちの死体に目もくれず、ゆっくりとした足取りで、その場を立ち去ったのです。



 ほどなくして、魔王を倒してくれるであろう勇者の存在が噂されるようになりました。その勇者は、ぼろぼろの和服を着て、刀一本で戦うサムライ。そして戦闘が常に一瞬で終わることで有名になりました。


「ゲヒャヒャヒャッ!! お前が最近噂になってる勇者か!! 俺様が食って――」



 ――キンッ!



 噂が広がる頃には、サムライはすでに魔王領に侵入していました。魔王軍幹部らしき、大口叩いた魔族は、サムライの目の前ですでに死体となっていました。

 サムライの背後には、真っ赤な血の道ができています。死屍累々という言葉がよく似合う、魔族と魔物の死体で作られた道です。全てサムライが一人でやったのです。

 ――キンッ! だけで。――キンッ! だけで!


 旅の末に、サムライはついに魔王の前にたどり着きました。


「お前が魔王か」

「かくいう貴様が勇者だな」


 初めて見た魔王は何というか……とても強そうでした。一目見ただけで、サムライがこれまで戦ってきた魔族と違うことが分かります。なんかこう、魔力とか、サイズとか……肌の色とかそんなところが今までの魔族と違うのです。なんかもうすごく違うのです。

 肩に長いパッドが入ってるし、パッドには触ったら痛そうな棘が生えてるし、なんならパッドにマントもくっついています。とてつもなく強そうです。


 これまでのようにはいかない。サムライは腰を落とし、じっと魔王をにらみつけました。サムライの構えは、居合のようです。

「ふん。人間風情がイキりおってからに」

 魔王は虚空から黒い大剣を取り出すと、それを天井に向けて高く掲げました。


「死ねぃっ! メテオストーム!!」

 魔王が魔法を詠唱します。すると魔王城の天井が破壊されて、空から瓦礫と隕石が落ちてくるではありませんか!

 それは暴力という名の雨。岩という固い物質を上空から落とすことで、破壊力を増幅させ、しかも数を用意することで逃げ場をなくすという隙のない戦術。

 中二くさい詠唱もなく、剣をかっこつけて掲げて使い古された魔法名を唱えるだけで、絶対の破壊が降り注ぐのです。まさしく魔王は別格でした。

 迫りくる死に対して、サムライはただ柄に手を当てただけでした。



 ――キンッ!



 瞬間、瓦礫と隕石が塵と化して消えました。サムライの姿勢は、刀の柄に手を当てたまま変わっていません。サムライは魔王のいる空域を視認し――



 ――キンッ!



 天井の抜けた魔王城が崩壊しました。床や壁が切断され、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていきます。魔王が集めたであろう、豪華な調度品の数々も、一瞬で駄目になりました。財宝がむなしく消える栄枯盛衰な光景の中、魔王は堂々とした立ち姿のままでした。

 サムライは驚きました。サムライは魔王城ごと魔王を切ったつもりだったのです。それなのに、魔王には傷一つついていませんでした。

「その程度か? 勇者よぉ!!!」

 魔王城が崩れるのとともに、魔王とサムライも地上へと落ちていきます。魔王がいたのは魔王城の五十階。とっても高いです。足元がなくなり、空中に浮いた魔王はサムライの上を取り、剣に炎を走らせました。魔王が剣を振り下ろします。サムライの視界が炎で包まれました。



 ――キンッ!



 炎が霧散します。しかし魔王は止まりません。魔王とサムライが地面に落ちるまでの数秒間の間に、無数の魔法を繰り出してくるのです。



 ――キンッ!



 ――キンッ!



 ――キンッ!



 ――キンッ!



 魔王の攻撃をサムライは全て――キンッ! しました。荒れ狂う嵐も、迫りくる大津波も、闇の呪詛も、見えない斬撃も、それ以外のいろんなあれを、全て――キンッ! だけで解決です。

 サムライは――キンッ! のすさまじさを改めて実感しつつ、――キンッ! 魔王の突きを――キンッ! しました。


「くっ……さすがは魔王。強い!」

「世界の半分を貴様にくれてやろう! ただし貴様に渡すのは闇の世界だがなぁっ!!!」


 元魔王城の上で、魔王とサムライは激しい戦闘を繰り広げます。魔王は多彩な魔法と剣技でサムライを圧倒します。サムライは始めにとった姿勢のまま、ひたすらに――キンッ! するだけです。


 魔王は――キンッ! されて弾かれた大剣を体に引き戻し、反撃――キンッ! する前に――キンッ! されます。魔王は大剣を右手に持ち、左手をかざします。放たれた業炎は――キンッ! されて消えました。

 炎を目くらましにして魔王は接近します。真横に薙がれた大剣はやはり――キンッ! 当たることはありません。


 魔王は想像以上に粘るサムライに焦りを感じ始めました。ついでに想像以上に戦闘描写が書きにくくてしょうがないことに、作者も焦り始めました。ですが何より焦り出したのはサムライ自身です。


「なぜ俺の――キンッ! が効かない!」


 そう、サムライはこれまで全ての戦いを――キンッ! だけで終わらせてきました。――キンッ! すればどんな敵でも瞬殺です。それなのに、魔王はいくら――キンッ! しても切り刻まれないのです。


「当然よぉ! 何せ俺は無敵のチート能力をもっている。誰も俺を傷つけることなどできない!!」

「チート能力だと!?」


 魔王が吼えました。そう、実は魔王もチート能力を授かっていたのです。


「この世界はしょせんチート能力を渡した自称女神の箱庭だ!! お前も! 俺も! 女神の手の平で踊る哀れな道化役者というわけだぁっ!!」

 それから魔王は自分の生い立ちとか、境遇とか、信念とか、聞いてもいないヘヴィーなことをペラペラしゃべり始めました。聞くも涙、語るも涙な人生……魔王生でした。全てを語るには原稿用紙千枚は欲しいところです。


「――だから俺は、女神に復讐する!! 魔族のために、アルリアのために! 俺は全てを捨ててでも世界をぶっ壊すんだよぉ!!」


 魔王は目に涙を浮かべて叫びました。サムライは魔王の言葉を聞き流しながら、唇を噛みしめました。

 ぶっちゃけ、サムライは魔王の話とかどうでもよかったのです。サムライにとって大事なのは、御大層な大義名分でも、魔王を倒して世界を救うことでもなかったのです。


 サムライにとって大切なのはたった一つ。自分の強さを証明することだけなのです。


 幼い頃から剣を振り続け、けれど上達の道は遠く。


 秘伝書の技は身に着けることができず、仲間たちから数えきれないほど笑われ。


 それでもサムライは愚直に剣を振り続けたのです。そんな彼が手にしたたった一つの技。例えまがい物であろうと、与えられたものであろうと、サムライにとって誇るべきものだったのです。

 サムライは――キンッ! を手に入れてから五年間、この――キンッ! を使いこなすためだけに修行をしてきたのですから。



「俺は――お前のことなどどうでもいい」



 サムライは、ふぅーっと長く、細く息を吐きました。とる構えは居合のそれ。剣の達人が見れば、素人にも見える未熟な構えです。

 けれど目は真っすぐ無傷の魔王を見据え、顔は真剣そのもの。魔王は思わず後ずさりました。


「ど、どうでもいいだと?」

「俺は魔王も、世界もどうでもいいんだよ。俺はただこれでどこまで行けるか知りたい。それだけなんだ」


 魔王はサムライの言葉を咀嚼し、顔を真っ赤にして、目を吊り上げました。

「……殺す」

 魔王の体からどす黒い殺気があふれ出します。魔王は剣に黒い瘴気を纏わせ、圧縮していきます。剣にまとわりついた闇は次第に黒よりも黒く漆黒に。それすらも通りこして悪夢じみた色へと変貌していきます。

 ブラックホールとしか言いようがありません。


 魔王がついに、本気を出したのです。そう、今までは本気ではなかったのです。

「殺す殺す殺す殺す殺す」

 ぶつぶつ言いながらブラックホールを生み出す魔王に対し、サムライは昔読んだ秘伝書の内容を思い出していました。

 小難しい文章でしたが、ざっくりまとめるとこんなものです。



 “一撃必殺なんて馬鹿のすることっしょ。だってぇ、一発を極めるより、いっぱい切った方が強いじゃん”



 サムライのチートはまさしく一撃を研ぎ澄ませたものです。――キンッ! だけであらゆるものを切って捨てる奥義は、しかし、同じチートをもつ魔王には通用しませんでした。

「同じチートだからこそ、俺の――キンッ! は通用しなかった。だったら……」


「シネェェェェェェ!! 勇者ァァァァァァァァァァァッ!!」

 魔王がブラックホールを解き放ちました。黒の奔流が世界を埋め尽くします。サムライは静かに刀を構え、柄を強く握りしめました。



 ――キキンッ!



 ブラックホールが、消え去りました。

「なん、だと……っ!」



 ――キキンッ!



 魔王の大剣が、切断されました。落ちた刃に驚愕する魔王の顔が映りました。



 ――キキンッ!



 サムライの絶技を、魔王はどうにかかわし切りました。これまでの戦闘経験が生きたのでしょう。ですが魔王の胸には深い傷は刻まれています。

 魔王のチート能力《無敵》が効いていない証拠です。


「何をした!」


 じくじくと痛む胸に手を当て、魔王は叫びました。チート能力を手に入れてから、魔王が傷つくことなど初めてだったのです。

 サムライは構えを解かぬまま言いました。


「簡単な話だ。俺の《――キンッ!》とお前の《無敵》は同格の能力だ。だからお互いのチート能力が無効化されて、俺のちんけな剣が届かなかった。なら、二倍の数、お前を切りつければ、俺はお前を追い越すことができる」


「何ィー!!」


 なんということでしょう! サムライは屁理屈みたいなことをやって、魔王のチート能力を上回ったのです。

 ――キンッ! を二倍で――キキンッ! 二回やるから威力も二倍。でたらめです。



 ――キキンッ!



「ちぃっ!!」

 魔王は音が鳴ると同時に後ろに全力で下がりました。魔王がいた場所に荒れ狂う斬撃が走ります。



 ――キキンッ!



 サムライは魔王へ飛び込みながら、――キキンッ! をします。魔王はとっさに機転を利かせます。眼前に闇を生み出して、壁にしたのです。――キンッ! を超えた――キキンッ! の威力はすさまじく、闇は光に照らされたように消えてしまいます。

「なぜ……」

「終わりだ」


 もはや、魔王に打つ手はありませんでした。サムライの――キキンッ! はあらゆるものを切り裂いてしまうのです。攻撃も、防御も意味はない。それに気づいた魔王は絶望し、口にしたのは問いでした。


「なぜ……なぜだ! なぜお前は」



 ――キキキキキンッ!!



 魔王の口から言葉がこぼれることはもうありませんでした。サムライの刀が魔王を影も残らないほどに切り裂いてしまったのです。

 立っているのはサムライひとり。崩壊した魔王城の上で、サムライは静かに空を見上げました。


 世界最強になったサムライの行く末を知るものは誰もいません。


 そのまま強さを求めて女神を殺すでも、ハーレムを作るでも。サムライの未来はもう、読者の世界の中にだけ広がっているのです。


読んでいただきありがとうございました。

感想、評価などいただけると幸いです。戦闘描写に擬音語を多用することに対する意見も大歓迎です。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  作者が楽しそうなところ(笑)  『――キンッ! しました』はパワーワードですね。  サクッと笑えてよかったです。 [気になる点]  アルリアって誰だ [一言]  たぶん、こういうことじ…
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