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自分から告白して円香と付き合いはじめたのは良かったものの、ほとんど生まれて初めての女性との交際に、私は何をどうしたらいいかまるで分からなかった。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、円香は積極的に行動してくれ――付き合いはじめた次の日、学校で会うと、今日一緒に下校しないか、と誘ってくれた。
私は当時野球部に所属していて放課後は練習があり、バレー部を既に引退していた円香は私の部活動が終わるまでかなり長い時間を待たなくてはならなかった。しかし彼女は、教室で受験勉強してるから、という名目で待ってくれ、それから毎日のように一緒に帰るようになった。
私たちの通う中学校は、栃木県の最南端に位置する藤岡町(この町は合併により今は栃木市の一部になっている)という田舎町にあった。私と円香は、毎夕学校の校門近くの自転車置き場で待ち合わせると、学校の前を通っている道を一緒に歩いた。
道の両脇には商店街とも住宅街とも言えない、うらぶれた街並みが広がっている。一軒家や集合住宅が建ち並ぶ中に、ときどき思い出したように鮮魚店や小さな電器屋や診療所、川魚料理店などが点在している。それから、やはりところどころに、誰のものとも分からない空き地もある。どこまでも土地は平らかで、関東平野特有の、山も海も無く、起伏も無い、気が狂いそうになるほど退屈な田舎の風景が続いていく。その街並みを裂くように、南北へ通る県道の、ガードレールに保護された歩道を、私と円香、そしてⅠさんが南へ歩く。
……私と円香は二人きりで下校しているわけではなかった。Ⅰ・Mさんという、やはり私より一学年上の、円香の女友達が、いつも一緒になって帰っていた。
円香とⅠさんは、この年頃の女の子にありがちないわゆる親友で、学校では常に二人で行動していた。学校の外でもそれは変わらない。この話の少し前に私は、「円香とその女友達と私との三人で、円香の家で半日遊んだことがある」と書いたが、「その女友達」というのもⅠさんのことである。恐らく彼女たちは学校ではトイレにも一緒に行っていたに違いない。
このⅠさんと円香は、登下校も一緒にしていて、私と円香が付き合いだしてからは、この二人の下校に私が金魚の糞のようにくっついていく、というような形になった。下校路の歩道は狭く、二人が並ぶのが精一杯の幅だった。そのためⅠさんと円香が並んで先を歩き、その後を私がひとり歩いた。
街灯もまともに無い、とうに陽の落ちた暗い道を、円香とⅠさんは休むことなくしゃべり続けて歩いていく。途中、渡良瀬川に架かる大きな橋を越え、さらに道を南下する。そのまましばらく行くと、道はやがて商店街の中に入る。商店街といってもそれは名ばかりのシャッター街で、道の両脇にぽつぽつと現れる個人商店は、軒並み戸を閉ざしている。私の家はこの商店街の中にあったが、私たちは私の家の前を通り過ぎて路地に入り、その先の住宅街にある円香の家の前まで行き、いつもそこで別れた。
この学校から円香の家にたどり着くまでの道中、いつも彼女たちはずっとしゃべり通しだった。二人は、仮にこの下校路が永遠に続くなら、それこそ永遠にしゃべっていられるのだろうと思えるくらい、どうでもいいとりとめのない話をしゃべり散らしていた。
今、これを書きながら、その会話がどんなものであったか、私は必死で記憶を掘り起こそうとしているのだが、残念ながら具体的にはまるで思い出せない。とにかく間違いないのは、しゃべりまくる二人の後ろで、私が、いつ円香がこちらを振り向いてもいいように、不良らしく格好つけて歩いていたことだ。つまり、兄のお下がりのウインドブレーカーのズボンのポケットに両手を突っ込み、両足をややがに股に開き、運動靴の底をけだるそうに引きずって、ヘアーワックスで立たせた髪を時々いじりながら歩いていた。そうして個人商店やコンビ二などの前を通る時には、店の窓ガラスに映る自分のだらしない格好を密かに確認して、満足するのだった。
先ほど、Ⅰさんと円香の会話が具体的に思い出せない、と述べたが、ふとひとつだけ思い出したので記しておく。
私と円香が付き合いだして二、三週間も経ったころだっただろうか、やはり三人で下校していた時に、Ⅰさんと円香は、登校にも私を加えよう、と言いだしたのである。
「誠己ん家、行き(登校時)の私たちの道の途中だし、ちょうどいいじゃん」
と、Ⅰさんが言う。それを受けて円香が、
「そうだねー、私、玄関でピンポンすればいい?」
朝から不良女子二人が家に押しかけてきたら、生真面目な私の母は卒倒してしまうかも知れない。
「いや、それは困るから」
必死に言うと、
「なんでなんで?」
「あ、分かった、朝勃ちしてるからじゃね?」
Ⅰさんの言葉に、二人して爆笑する。
「いや、それはしてない……」
私はたぶん赤くなっていたと思う。(朝勃ちというのはそんなに長く持続するものじゃない)と、本当は説明したかったが、それを言うとまた二人がバカにしてくるのが目に見えていたので、私は何も言えなかった。
Ⅰさんと円香の会話というのはだいたいこんな風な、下らないもので、下ネタも多かった。とにかく私は、結局これ以降登校も二人と一緒にすることになった(家にやって来られるのだけは勘弁してほしかったので、時間を決めて私の家の前で待ち合わせすることにした)。
この、三人での登下校と、私が円香に週二、三回かける電話が、私と円香の付き合いの全てだった。




