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そして、今年の二月のことである。
その第二土曜日、私の実家のある地元・藤岡町の商店街で、「初市」という祭りが開かれた。
この初市というのは地元の商店街で毎年開かれる祭りである。商店街の通りが歩行者天国になり、道の両脇に屋台が並ぶ、ただそれだけのささやかな祭りだ。
私は、この齢になって屋台がうれしいわけもないが、なにしろ家の目の前でやっていることもあり、父がちょっと見に行こうと言うので、昼下がり、弟と三人で出かけた。――そうして、ばったり円香と出くわしてしまったのである。
円香と出くわしたのは、私たちが通りを南へ向かっていた時で、彼女は人ごみのなか小さな娘を連れて向こうからやってきた。娘と手をつないで、しきりに何か話かけている。私はフェイスブックの彼女の投稿で、円香が結婚して娘がいることを知っていた。
円香は細いジーンズにカーキ色のダウンジャケットを着込み、頭にはニットキャップをかぶっていた。そのニットキャップの下から見える髪は、茶色に染めてあった。田舎の三十過ぎの女性としては、まあまあ悪くないファッションだった。つるんとした卵型の輪郭が、少女のころと変わらず、私はすぐに彼女だと分かった。
私はその時アディダスのジャージを着て、下は微妙なカーゴパンツ、近所に出るだけだからこれでいいやという格好で、誰にも(特に若い女性には)会いたくなかった。その上無精ひげは一週間ほども伸びっぱなし、髪はボウズ頭の伸びかけのようになっていて、若い頃と違い腹は出ほうだいである。円香を見た瞬間、せめて髭を剃って、もう少しましな服を着てくれば良かった、と反射的に後悔した。
向こうからやってくる円香と目が合った。恐らく彼女も私のことが分かっただろう。とっさに私は、父や弟と離れて彼女に近づき、
「久しぶり! このあいだはⅠさんのお墓の場所、教えてくれてありがとう。墓参り、行ってみたよ……」
と話しかけるか、それとも無視するかという二つの行動の選択肢を思いつき、即、後者を選んだ。円香は私から見て、通りの右手を歩いてきたので、私は円香の顔から視線を切ると、さりげなく左斜め前に進んで彼女を避けた。円香のほうでも強いて私に話しかけては来なかった。
しかし私の苦難はそれで終わらなかった。円香とすれ違った後、初市の、屋台の出ている部分はすぐに終わってしまい、父と弟と、私の三人は折り返すことになった。そうして歩いていくと、子供を連れてゆっくりゆっくり歩いていた円香に、追いついてしまったのである。
私は円香の後ろ姿を見つけ、ああこれは円香を追い越すことになるな、と予測し、再び気まずさを感じた。しかし父と弟がいるので変に方向転換するわけにもいかない。仕方ない、また無視しよう、と私は心に決めた。
円香は相変わらず娘と手をつないで、何か話しながら歩いて行く。その背中を私は見た。ダウンジャケットの裾から、タイトなジーンズの尻の部分が見えている。そのヒップラインは、私が彼女と付き合っていたころ、登下校の際に良く見たそれより、明らかに垂れ下がっていた。
私はその落ちたヒップラインを見て、三十一という彼女の齢を初めて感じた。いや、しかし、私のほうがもっと醜く老いた。私は働きすぎて五年前に精神障害を負い、実家に戻って無職になって、六十を越えた父に食べさせてもらっている。そうして、病気と闘いながら一縷の望みを持って、当選する当てのない小説を新人賞に投稿して、毎回落とされて、暮らしている。
数え切れないほどの月日が、円香や、私に降りそそいで、私たちは何かを手に入れ、それ以上の多くの何かを失った。Ⅰさんだけ時は止まって、十六、七歳の少女のまま、私の記憶の中に息づいている。




