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数日後、Ⅰさんの葬儀が地元のセレモニーホールで営まれ、私はそれに参列した。
私は式の開始よりかなり早くホールについてしまった。エントランスから式の行われる式場に入ると、そこにはクリーム色の布張りの椅子が部屋の奥の方を向いてずらりと並べられていた。その椅子の向こうに、菊の花で彩られた祭壇があり、手前に棺が置かれていた。
既に参列者がちらほらいて、数人でかたまって椅子に座ったり式場の隅の方に立ったりして、小声で何か話していた。そのどこかからすすり泣きが聞こえる。
式が始まる前に私はⅠさんの顔を見ておこうと思い、棺に向かった。棺には蓋が閉められていたが、その蓋の、遺体の顔の上についている、観音開きの小さな扉が開いていた。私はそこから中をのぞき込んだ。Ⅰさんが眠っていた。
彼女は口角を下げ、口をへの字にひん曲げて、いまだに苦しげに、痛がっているように見えた。漫画の幽霊がよく着けている小さな三角巾を額に着けている。信じられないことに鼻の穴の下の皮膚に赤黒い血がこびりついていた。血ぐらいちゃんと拭き取ってやれよ、と私は軽い怒りを覚えた。納棺士が拭き取ろうとしたものの、落ちなかったのだろうか。
Ⅰさんの顔を眺めながら、私はⅠさんの家におじゃました日、丘の上で彼女が言ったことを思い出した。Ⅰさんは二十歳までに死にたいと言った。それはこうして実現された。(Ⅰさん、本当に死んじゃったね。二十歳になる前に死ねて、良かったかな?)私はそんなことを少し思って遺体に問いかけ、すぐに(バカか俺は)と打ち消した。死んで良かったわけが無い。Ⅰさんはきっと、生きたかったに違いない。
「うわああああっ」
ぼんやりⅠさんの顔を眺めていると、唐突に叫び声がしたので、私は驚いて後ろを振り向いた。すると、Ⅰさんを死なせてしまった吉城というⅠさんの女友達が、その友達に肩を支えられながら祭壇の前までやって来、耐えられなくなって叫んだところだった。吉城さんはぐしゃぐしゃに泣き、その赤ら顔をさらに真っ赤にして、ぶるぶる震えていた。左手にハンカチを握りしめて、それで顔の下半分を覆っていた。私が彼女のために棺の前を空けると、吉城さんは棺の前へ行き、死んでしまった友人と対面し、もう一度叫び、泣き崩れた。そうして付き添っていた友達に促がされて、足を引きずりながら棺の前を離れていった。
それから私は式場の後ろのほうの椅子に座り、開式を待った。やがて式がはじまったが、それは故人の紹介、読経、焼香と、型どおりのものであまり記憶が鮮明でない。ただ、式場のところどころで絶え間なくすすり泣きや嗚咽が聞こえるのが、それまでに私が経験した、齢を十分に重ねて病気で死んだ私の祖父母の葬式と違い、より悲痛な感じがした。
式の最中、喪主であるⅠさんのお母さんが祭壇の前に立ち、簡単な挨拶を述べた。お母さんはなんだかやつれて、体も小さく見え、Ⅰさんの家で会った時よりよほど老けていた。
式が終わり、私たち参列者はセレモニーホールの外に出て、Ⅰさんを乗せた霊柩車を見送った。外は曇天で、ちらちらみぞれが降っていた。
霊柩車を見送ってしまうと、親族以外の一般の参列者は解散となった。皆みぞれに降られるのを嫌って、セレモニーホールの入り口の屋根の下にとどまり、知人同士何か静かに語りあっている。そうしてもはやすることが無いと気づいた人から、三々五々、傘を開いてセレモニーホールから出て行くのだった。
そのセレモニーホールを出ていく人の中に、私は石野航一を見かけた。彼は傘も差さずに、両目を手のひらで覆って、号泣しながらふらふらと歩いていくところだった。その友達だろうか、それとも今の恋人だろうか、セーラー服を着た女子高生が彼に付き添って、傘を差してやり、しきりに慰めていた。
私も帰ろうかと思ったとき、私は円香の姿を見つけた。円香は意外にも気丈で泣いてはおらず、むしろ一緒に歩いていく友達を慰めているようだった。円香は私の姿を見つけると、こちらへ向かって痛々しい微笑を浮べた。
円香は私に話しかけるでもなくどこかへ行ってしまった。私は傘を開き、セレモニーホールを出た。白い息を吐き、車の行き交う通りの歩道を歩きながら、再びあの丘でⅠさんが言ったことを思い出した。
「二十歳までに死にたくない? しわしわのおばあちゃんになりたくないじゃん」
あの時、自分は彼女のその言葉にまともに取り合わなかったが、なんでもう少し真剣に、あの問いに答えてあげなかったのだろうと、私は考えた。下を向いて歩きながら、何度も何度も考えた。
別に涙は出なかった。




