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――正確にはそれがいつだったか今でははっきりと思い出せないが、とにかくそのコンビ二の前を、(Ⅰさんいるかな)と思いながら通りかかり、やはりつまらなそうにレジの向こうに突っ立っていた彼女の横顔を見たのが、私がⅠさんを見た最後になった。
Ⅰさんは彼女の高校二年時に当たる冬に死んだ。その死は唐突で、この話のストーリーに対し、大して脈略が無い。
ひどく寒く、雨がしとしとと降る、休日のことだった。その夕暮れ、私は年上のフリーターの女友達の運転する車に乗っていた。このフリーターの女友達は、私のアルバイト先の先輩に紹介してもらった女で、付き合っていたわけではないがそのころよく二人で遊んでいた。円香と付き合っていたころはまともに彼女としゃべることさえできなかった私も、そのころにはずいぶん女慣れしてきたわけだった。
私たち二人は小山市で遊んだ帰りで、小山から藤岡町まで帰るため、車は、暗い二車線の国道を西に走っていた。
カラオケやらウインドウショッピングやら、半日遊んだ後で、二人のあいだにはあらかた会話が出つくし、けだるい疲れがはびこって、会話が無かった。私は助手席の窓ガラスに雨粒が流れていくのを眺めながら、場の空気を盛り上げようと、次の話題を考えていた。
ムーッ、ムーッ
どうでもいい話題を考えついた私が、それを女に話そうと運転席の方を見た時、ズボンのポケットの中で携帯電話が振動した。携帯電話を取り出して画面を見てみると、坂水という、中学校の一学年上の先輩の女子からの着信だった。私は、この坂水さんとも時々遊んでいた。私は電話に出た。
「あ、誠己くん?」
坂水さんのその声は、はじめからうわずっていて、動転している感じがあったが、私はそれに気づかなかった。それどころか、坂水さんの方から電話をくれたことに対するうぬぼれがあって、機嫌よくそれに答えた。
「うん。どうしたん?」
一瞬沈黙があった。私はフロントガラスを眺めた。ワイパーがせわしく動き、雨粒をこそぎとってフロントガラスの端に追いやっている。二車線道路の右側の追い越し車線から、
シュウッ
とタイヤをアスファルトにこすらせて音立てながら、私たちを追い越していく車が見えた。雨ににじむテールランプの赤い光。
「びっくりしないで聞いて欲しいんだけど。誠己くん、I・Mちゃんと仲良かったよね?Mちゃん、死んだんさ」
テールランプの赤が、遠く去っていった。私は坂水さんの言ったことをただ反復した。
「死んだ?」
車内のBGMが突然止んだ。見ると、運転席にいる女が、とっさにオーディオのボリュームのつまみをひねったのだった。女の顔を見ると、(どう、私、気が利くでしょ?)とでも言いたそうな、自慢がはしばしに浮かんだ顔をしていた。私はそんな女に若干いらだった。私は女を無視してオウムのように繰り返した。
「死んだって?」
「うん。今日、由佳里――吉城由佳里、分かるでしょ? 由佳里の原付の後ろに乗ってて、転んじゃって、頭打ったらしいんさ。ヘルメットも付けてなかったんだって。ううん、由佳里は怪我しなかったんだけど。やっぱり、バイクって後ろに乗ってる人の方が危ないんだね。それで、今私たち、仲の良い友達で――」
藤岡町の文化会館の駐車場に集まって、話をしたり、こうしてⅠさんの友人に電話をして知らせている、と坂水さんは私に説明した。文化会館の駐車場とは、私が円香に告白した公衆電話のある場所である。
それから坂水さんはⅠさんの葬儀の日時と場所を説明し、私が葬儀に参加することを確かめて、電話を切った。
「だいじょうぶう?」
運転席から女が話しかけてきた。その声にはなぜかうきうきした調子が含まれているように思え、私はひどくいらだち、「別に」と冷たく答えただけで再び助手席の窓の方を向いた。
窓には相変わらず雨粒がきらめいて、車の速度で出た風に圧されて一様にななめ後ろへと流れていた。私は女を無視し、しばらくのあいだずっとその雨粒を見つめていた。




