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 結局、私はⅠさんの説得に応じて家に帰ることにした。


 一度Ⅰさんのアパートに戻り、ウインドブレーカーを着て、アパートを出た。Ⅰさんはアパートの近所の神社まで、歩いて私を送ってくれた。


 Ⅰさんと別れたあと、私はやっぱり帰る気がしなくなった。ふらふら商店街まで歩いて、汚いラーメン屋に寄って不味い野菜炒め定食を食べた。そうして近くの公園へ行き、ベンチに横になって眠ろうとした。


 寒さと、背中に当たる木製のベンチの硬さから、とても眠れないのではと思ったが、かまわずじっと目をつむっていると意外に眠気に襲われて、しばらく眠った。


 ひどい寒さで目を覚ました。辺りは真っ暗だった。公園の中央にある時計を見ると、まだ十一時だった。私は寒さでかちかち歯を鳴らし、とてもこのまま夜は明かせない、と思った。どうしようもなく、本当に家へ帰ることにした。


 家の玄関の扉を引くと、意外なことに鍵がかかっておらず、音も無く開いた。玄関に上がり、とりあえずリビングへ行くと、母がまだ起きていて、テーブルに座っていた。


「ああ、誠己、よく帰ってきたね」


微笑みを浮かべて母は言った。


 次の日から私が再び学校に通いはじめたことで、このプチ家出事件は幕を閉じた。私が家出をしたことは隆明以外の生徒には伝わっておらず、他の生徒には風邪で休んだことになっていた。私は特に気まずさも感じず、何事も無かったように登校を再開することができた。


 それからすぐ三月が来て、円香とⅠさんは学校を卒業していった。そうして――その後、間もなく、私と円香の付き合いは自然消滅してしまった。


 関係が終わった理由は、(少なくとも私の方には)大したものは無い。もう一緒に登下校することも無くなり、私と円香の付き合いは私からかける電話だけになっていた。それまでに円香は一度も私に電話をかけてくることが無かった。それが、いかにも一方的に私のほうが円香を好きでいるように思えて、私には嫌だった。そこで、私は円香から電話をかけてくるまで、電話をかけないようにしよう、と決めた。私は毎日電話を待った。しかし四月になってもとうとう円香から電話はかかって来なかった。私は寂しい気持ちで、しかしそれだけ時間を置いてしまってから電話をかけるわけにもいかず、なんとも中途半端な形で生まれて初めての女性との交際をあきらめた。


 なぜ、円香が私に電話をかけてくれなかったのかは今でもよく分からない。私たちの関係は薄いものであったのは間違いないが、付き合いはじめたばかりということもあって、仲が冷めてしまっていたわけでも無かった。


 もしかしたら、円香が私の家の電話番号を知らなかったという、間の抜けた単純な理由があったのかも知れない。しかしそれにしたって、私の家は知っているのだからそこへ訪ねてくるとか、連絡を取る方法はあるはずだった。それをしなかったということは、結局、私のことを大して好きではなかったのだろう。

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