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 数分後、私とⅠさんは二人とも青タイの上下という格好で「丘」の上に居た。


 それはⅠさんのアパートの前の路地を北へ少し進み、やがて見えてくる十字路を西へ折れた、人気の無い細道の先にあった。両側に人家の建ち並ぶ薄暗いその道を数百メートルも進むと、住宅が尽き、視界が開け、道の両側は枯れ草の生えた台地になる。


 Ⅰさんの言うとおり、そこは周囲の南、北、西の三方の土地よりわずか五メートルほどだが高くなっており、私たちの住む藤岡町と、隣接する群馬県の板倉町や館林市の田園風景が見渡せた。丘の上の左手の道路脇には、電波が良いため造られたのだろう、NTTドコモの、赤と白に塗られた鉄骨で組まれた電波塔がそびえ建っている。


 丘の上に立つと、麓から冷たい風が吹き上がってきて、私の肌を刺した。私はウインドブレーカーを着てくれば良かったと後悔したが、丘から見える景色に、すぐそれも忘れた。


 丘の斜面に生えている枯れ草の向こうは、一面、稲を刈られ土をむき出しにした田んぼだった。その田んぼの海の間に、ところどころ浮島が浮かぶように農家の一軒家が建っている。家と家とをつなぐように走っている田んぼ道に設置された街灯が、点々と小さく光っていた。


 太陽はその田んぼの海の上で、じゅくじゅくと線香花火の火球のように震えて、遥か遠くに見える山の端に身を隠そうとしているところだった。柔らかな陽射しが、田んぼの、家々の、街灯の上に降りそそぎ、田園の全てを赤紫色に焼いていた。


 私はⅠさんと並んで立って、ただ黙って夕焼けを眺めていた。Ⅰさんも黙って、夕陽にそのまんまるの輪郭の顔を向けていた。一度、私はⅠさんの横顔を盗み見た。彼女の顔は相変わらず「中の下」と言うのが適切なつくりだったが――夕陽に照らされて、白い息を吐いているその横顔は、どこか魅力的に見えた。


 どれくらい時間が経っただろうか、陽は山の端の向こうにすっとその一部を隠した。そうなると後は早くて、あっという間に円の下半分が、それから上部も山の向こうに隠れた。円いその姿の最上部が沈む時、だいだい色の光線がぴかと光って私の目に眩しかった。


 太陽が沈んでしまうと、それまで美しい赤紫色だった西の空は一気に濁って、葡萄の皮の裏側のような色に変わった。私がふと後ろを振り向くと、東の空には気の早いいくつかの星が光りはじめていた。


「あのさあ、二十歳までに死にたくねえ?」


 太陽が沈むのを見届けた直後、Ⅰさんが唐突に、私に言った。


「しわくちゃのおばあさんになりたくないじゃん」


 それはいかにも中二病をこじらせた女子中学生が言いそうな、歯の浮くようなせりふに思えた。私は、先ほどⅠさんに感じた――もっと言えば、前日Ⅰさんと偶然会ってからほのかに感じ続けていた――彼女の不思議な魅力が、この言葉で一気に崩れさった気がした。私は嘲りを含んだ口調で答えた。


「二十歳って、早すぎじゃね?」


 その私の嘲りの口調を、Ⅰさんは敏感に感じ取ったらしい。それ以上、この会話を続けようとはせず、話題を変えた。彼女は私の方を向いて、諭すように、


「誠己、もう帰った方がいいよ。今日、学校で隆明くんから話しかけられて知ったんだけど、誠己の親が誠己のこと捜してて、今日中に帰ってこないようなら警察に捜索願いを出すって言ってるらしいんさ。そのこと、隆明くんは渡辺(私や隆明の担任教諭の名前)に教えられて、誠己の居場所を知らないかってことも、聞かれたらしいんだけど。大ごとになる前に帰った方がいいよ。うちも、お母さん、帰ってきちゃったしさ」


と言った。


 私は返事をせずに、彼女の話が終わると前を向いた。目の前に見える空はやはり葡萄の皮の色で、もう、全然美しくなかった。

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