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大人たちへ捧げる報復による諧謔曲

「エブリン!? ……こ、ここでなにをしている!? 君ともあろう娘がルールを破るなんて……」


「ルール? 施設長、それは無意味なものですよ」


「む、無意味だと? エブリンなにを言っているんだ!? 如何に君が優秀で特別だからと言ってこのようなことが許されるはずが……」


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 エブリンは思わず感情が高ぶり、棘のある声調となった。

 この男に対して怒りを露わにせずにはいられない。


 そうだ、今までのように気取る必要などないと、エブリンは徐々に冷えた頭で考える。

 これからこんなちっぽけな小娘によって、彼はこれまでの人生すべてを覆されるような事態に落ちいるのだから。


「な、なにを言うんだエブリン。セリーヌ? ハハハ、そんな娘は知らないな」


「知らない? ……ほう、セリーヌという少女はこの施設にはいないと」


「そうだとも。私は長年ここに務めていたが、そんな娘は見たことも聞いたこともない。本当だ。神に誓ってもいい」


 あらゆる記録が眠るこの部屋。

 忌まわしく隠さねばならない過去メモリーである存在は、この施設に数知れず。


 その中で一番の残忍な末路を辿った女の子。

 それがセリーヌだ。


 彼はセリーヌの名を今再び出され、顔に狂気と恐怖が入り混じったような表情をする。

 施設長たる彼にとってはそういった連中は、この施設の名誉を穢す亡霊に他ならない。 


 もしこの施設の問題が露見し、皇帝の耳にでも入れば厳罰は免れないだろう。

 それを一番に恐れた。


「エブリン。一体君はなにを言っている? これは君がやったのか? 大人を殺した罪は重いぞエブリンッ! 如何に優秀な君と言えど、こんな馬鹿な真似をして許されると思っているのかッ!?」


 ブラウンは急に強気になり彼女に怒鳴り散らす。

 大人に怒鳴られれば小さな子供は委縮するだろうと、これまでの観念の下の行動だ。

 だがエブリンは怯えるどころか、逆にケラケラ笑い出す。


「な、なぜ笑う……? 君は頭がおかしいのか!? そうだ。君は精神が狂っている。あぁ、なんということだ。我々の寵愛を君は残虐な行為でしか返せない悪魔の子となってしまったのだなッ!?」


 エブリンの奇怪な所作に、ブラウンの語気に勢いがなくなる。

 無意識の内に数歩後退りをしていたのに気づいたころには、エブリンはさらに大笑いを繰り出していた。


「アハハハハハハハッ! アハッ! アハハハッ! アハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 壊れた機械のように同じフレーズで笑い飛ばす目の前の少女が、とてもまともな精神とは思えない。

 異質な空気の中で戦場とはまた違う恐怖が、ブラウンの肩に伸し掛かってくる。

 突然非現実に見舞われたかのような感覚が彼の精神を蝕んでいった。


「やめろ、やめるんだッ! なぜ笑う……なにが可笑しいんだ!?」


「これが笑わずにいられますか施設長? バレバレの嘘をついた挙句、神様に誓うですって? アナタたちの信じる神様は嘘で出来てるの? ……信じられない。もう……怒りを通り越して笑っちゃったんですよ」


「だから……一体なんなんだ!? お前がなにを言っているのか理解不能だッ!」


「じゃあ、その真意をお教えいたしましょう」


 スカートの両端をつまみ、優雅に御辞儀をするエブリン。

 ゆっくりと顔を上げ、三日月状に歪んだ口元を見せながら復讐の言葉を言い放つ。


「────私は、セリーヌです」


 シンプルなこの一言がブラウンの心を砕くほどに突き刺さった。

 ブラウンは目の前が真っ白になるかのような感覚に陥る。


 貴族の妾の子が実はあのみすぼらしい少女セリーヌと?

 そんな馬鹿な話があるわけないと思いながらも、身体の震えや悪寒が止まらない。


 突如として崖の淵まで立たされたかのような境地だ。


「嘘だ……な、なにを言って……」


「名前は勿論、ある貴族の妾の子とかぜーんぶ嘘。もう一度アナタ方に近づくために、私は姿を変え思想を変え、こうして馳せ参じたのです」


「エブリン、大人をからかうんじゃない……ッ!」


「そんな大汗をかきながらおっしゃられましても……。ではお聞きします。アベルはどこへ行ったのでしょう? 私をいじめて、最後は私を縛り付けてお腹に一発雷撃を当てたあの男の子は」


 アベルはセリーヌをいじめていた子供だ。

 彼を中心にいじめがずっと繰り返され、最後は彼の電撃でセリーヌの腹を抉った。


 無論こんなことが外部に漏れているはずがない。

 こういったことを知っているのは当事者以外にいないはず。


「最後は夕陽の中の礼拝堂……。悪い男の子はゴミ箱にポイ。……今ごろ彷徨っているでしょうね。彼は」


「ま、まさか……君が……いや、お前がッ!?」


 後退りをしながらも魔術を行使しようとするブラウン。

 従軍時代において、数多の戦果をもたらした彼の力は老いによって衰えはあっても、その練度は並ではない。


 対するエブリンは、ヘンリー、ロック、モーガンの遺体をその場に手繰り寄せ、操り人形のようにガタガタと不気味に震わせながら操る。


「なんという惨いことを……お前は普通じゃないッ! そうだ! お前は異常者だッ! 悪魔め、悪魔の胎盤はらより生まれた邪悪なる魂めッ!」


「そうね……この施設へ来た初めての日から、私は悪魔とキスをしたのかも」


 美しく笑んで見せるエブリンに思わず心を惑わされそうになるも、ブラウンは闘気を滲ませ魔力を練る。

 これがこの魔術師育成施設における最後の復讐だ。



 


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