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聖女ユナリアスの劣情

 魔道大聖堂の特別室で、レムダルトと聖女ユナリアスの会合が行われる。

 その様子をエブリンは観察していたのだが、ユナリアスの態度に違和感を持っていた。


 彼女は常に表情が硬く、信仰や自らの正義を信じるあまり、他人に対して厳しい一面を持つ。

 だが目の前にいるレムダルトに対してはまるで違っていた。


「レムダルト様、()()()()()()()()()()正義の道を歩みましょう」


 慈悲深い雰囲気と柔らかな表情の中に、女の顔が見え隠れしている。

 ユナリアスはレムダルトに対し、異性への眼差しを向けていた。


 身体の芯から沸き起こる感情に、涙で潤んだような光を瞳に宿しながらレムダルトを見つめている。

 しかし、レムダルトはそれに気付いていないのかただずっと同じく友好的な笑みを見せていた。


「えぇ、こちらこそよろしくお願いします」


「あぁレムダルト様、アナタはこの帝国に舞い降りた気高き天使。地上にて私の仰ぎ見る人」


「アハハ、気高き天使なんてそんな……」


「いいえ! レムダルト様は立派な天使であらせられます! この帝国にさらなる繁栄の光をもたらすお方! 私の目に狂いはありません!」


 こうした熱烈な会話を交えつつも、会合の時間は終了した。

 しかし、ユナリアスの要望でレムダルトとふたりで話がしたいとのことで、中庭をふたり並んで歩くことになる。


 少し離れた場所で、エブリンとエインセル守護術師がふたりを見守りながら他愛のない会話をしていた。


「お久しぶりですエインセル様。守護術師ガーディアンになられてから、随分と変わられましたね」


「あら、変わったって言うと?」


「最近あまり眠られていないのでは?」


「それを言ったらアナタもそうじゃない? ちょっと疲れた顔してる」


「フフフ、隠せませんね」


「えぇ。……その服装、とても似合っているわ」


「恐縮です。エインセル様もとてもお似合いの衣装かと。……あ、香水変えました?」


「え? ……あ、うん」


「あんなにお気に入りだったのに……役職が変わると、そういった好みも変わるものなんですか?」


「あー、ま、まぁそういうこともあるわ」


「服装が少し乱れているのも?」


 エブリンがエインセルの服装の乱れをいくつか指摘する。

 エインセルが急いで整える姿の隣でエブリンは勘を働かせた。


(もしかして、会合前に男と……? 香水も男の好みとか……?)


 以前のエインセルなら服装の乱れなどありえない。

 記憶の中の彼女と照らし合わせながら、今のエインセルのどこかたどたどしいような態度を観察する。


 上位師時代のエインセルも男性陣にかなりの人気だったが、そこまでで浮いた話はなかった。

 だが、今のエインセルはやけに色っぽい。


 落ち着きのある女性だったエインセルの変化に、エブリンの鋭い観察の目が入り込む。

 そしてふと視線を別の方向に向けた直後、2階の窓のほうに聖職者らしき男がこちらを覗き込んでいるのが見えた。


 エインセルも気付いたのかその男に目を向けると、先ほどのユナリアスと似たような視線を向けていた。

 身体をゾワゾワと小刻みに震わせ、恍惚な熱で頬を染めている。

 

 あれがエインセルを変えた男かと、エブリンは確信した。

 丁度そのとき、レムダルトとユナリアスが散歩を終えて戻って来る。

 

「では、また」


「はい。いつでもここへお越しくださいませ。……待っております。いつまでも……」


 こうして別れたあと、各々の仕事に戻る。

 自分の好意など伝わっていないなど知る由もないユナリアスは終始上機嫌だった。


 そんな彼女の気持ちなど露知らず、レムダルトは今日もまたエブリンとの心地良いふたりだけの空間で過ごしている。

 それこユナリアスがその光景を見れば憤怒の念に駆られ、エブリンを毒殺しかねないほどに。


 そして本日の仕事が終わり、エブリンが自室へと戻ろうとしたとき、アルマンドに出会う。

 グレゴリーの地下室を改造して、自分たちの隠れ家のようにしたとのことで、すぐにでも来てほしいとのことだった。


 エブリンは言われるがまま、アルマンドに着いていくと、そこにはグリファス神父と魔王がいた。

 あの薄暗く狭い地下室は少し広くされており、酒が並んだ棚やら、なんらかの装置やらが設置され、依然とは違う少し落ち着きのある雰囲気の場所となっている。

 グリファス神父はグラスに酒を注ぎ、魔王は壁に寄り掛かるように座っていた。


「随分見違えたわねこれ……」


「いいだろぉ? お前さんも酒飲む?」


「いらないわ。……で、グリファス神父と魔王までいるわけだけど。一体なにごと?」


「ふむ、そこは私から話そうか」


 グリファス神父はバーカウンターのイスから降りて、グラスの中の酒を一気に飲み干す。

 

「実はな、君が以前言っていたエインセル上位師……今は守護術師か。その女性のことでな」


「なにかわかった?」


「……彼女、男ができている」


「それは今日出会ったときに察したわ。それで?」


「その男なんだがなぁ。私の同期というか、近所同士の間柄なんだよ。しかも既婚者」


「え、もしかしてエインセルって……その男の不倫相手?」


「そうだな。で、その男の妻がいるわけだが、その女性はエインセル守護術師とは幼馴染らしいのだ」


「え、なにこの因果めっちゃ怖いんだけど」


「幼馴染に夫を寝取られてしまった憎しみで今にも死にそうと、ずっと相談を受けている。エインセルが上位師だったころからその男と付き合いがあったようだ。隠れて会ってはデートなどを密かに重ねていたらしい。最初はずっと我慢してたが限界を迎えたようだ」


「さらに追加情報。エインセルとその男、もう肉体関係になっちゃってるわ。多分今朝仕事の前に出会ってイイコトしちゃったって感じ」


 その言葉にグリファスは肩を落とすように、溜め息を漏らし、アルマンドは面白そうに笑っていた。

 

「……で、グリファス神父。話はそれだけ?」


「いいや、続きがある」


「デショウネー」


 曰く、今日ここにその女性を連れてきたと言うのだ。

 グリファス神父がその女性のことで頭を悩ませていたときに、それを嗅ぎつけたアルマンドに相談すると。


『なぁぁにぃぃいいッ! ドロドロの愛憎劇だとぉぉおおおおッ! いいに決まってんじゃん! よし、ソイツの復讐も手伝ってやる。任せんしゃい任せんしゃい!』


 と、アルマンドが快諾した。

 エブリンはアルマンドの自由奔放さに呆れつつも、新たな仲間を引き入れることを承諾する。


「よかった。────さぁ"ロザンナ"、入ってくれたまえ」


「……はい」


 ドアの奥からか細い女性の声が聞こえた。

 ドアノブが力なく回り、ゆっくりと開かれる。


 疲れ果てた顔をした美しい女性が長い黒髪を揺らしながら入って来た。

 全員が彼女に注目する。


「初めまして。ロザンナと申します。……あの、復讐を手伝ってくださるんですよね? ……嘘、つかないですよね?」


 ノンハイライトとも言うべき光の宿らない瞳で全員を見ながら幸薄そうな笑みを浮かべて一礼する。

 ────新たな仲間、主婦ロザンナ。


 彼女が内包する狂気と憎悪はエブリンでさえも対峙しただけで身震いするほどだった。

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