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幽鬼姫伝説  作者: 奏 舞音
第三章

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第八十一話 幽鬼姫が守る国


「……う、うぅ……」


 華鈴は一人、朱紅城の隅の木々の隙間で涙をこらえていた。

 足はまだ震えていて、心臓はバクバクとうるさく喚き、たった今まで多くの人間に跪かれていたことを思い出すだけで顔が青くなる。

 広場に集まった者達に華鈴が皇帝となることを告げ、無事認められた。

 そこまではよかった。

 しかし、今になって華鈴は自分がとんでもなく重い役割を担ったことを実感し、不安でいっぱいになる。

 蓮や日比那、蒼華大神が側にいてくれた時は何とか威厳を保とうと努力していたが、蒼華大神が天に還り、蓮が鬼狩師たちの集まりに顔を出し、日比那が女官たちの尻を追いかけ、思いがけず一人になってしまった華鈴は隙をついて逃げ出したのだ。

 華鈴の身の回りの世話をしてくれる女官たちが、今頃必死になって華鈴を探しているだろう。

 早く戻らなければ……そう思うのに、足は動かなかった。


「おい、そこで何してる?」


 華鈴はその声にはっとして顔を上げる。

 どれぐらい身を潜めていただろうか。

 蓮は豪奢な金の龍の刺繍が施された着物ではなく、いつもの蓮模様の着物に着替えていた。

 もうすっかり高くなった日の光に照らされて、彼の赤銀色の髪が輝いている。

 美しく整った顔立ちの蓮を見上げ、華鈴はしばしぼうっとしていた。

 そして、少し着崩した胸元から白い包帯のようなものが見えて、夢心地から覚める。


「……蓮様! お怪我を?」

「これぐらい、大したことはない」


 不安そうに包帯を見つめる華鈴に、蓮はなんでもないことのように笑った。

 そして、包帯が見えないように前をしっかりと合わせる。

 これ以上華鈴に余計な心配をかけないためだろうとは思うが、怪我人だと気づかずに華鈴は蓮に頼りっぱなしだった。


「大したことがないと言うのなら、見せてください」


 華鈴は涙ぐみながら蓮の着物を掴んだ。

 合わせを手に持ち、肌けさせると、鍛えられた蓮の肌が露わになる。

 引き締まった筋肉を前に、華鈴は眉をひそめた。

 大したことがない訳がない。巻かれた包帯にはまだ血が滲んでおり、傷口が塞がっていないのは一目瞭然だ。

 それなのに、蓮は平気な顔をしている。


「こんな傷、すぐ治る」


 さっと華鈴の手を避けて、蓮は傷を隠す。


「でも、私のせいで……」

「これは俺の弱さが招いたことだ」


 華鈴のせいではない、と蓮は笑う。

 それでも、華鈴は蓮に傷ついてほしくない。


「華鈴、泣くな」


 優しい手が、華鈴の頭を撫でた。

 そういえば、初めて会った時に蓮に「泣くな」と言われていたのだ。

 早く涙をひっこめなければ、そう思えば思うほど、華鈴の目から涙が溢れる。


「お前の涙は俺の自制心を壊す」


 え、と思った時には華鈴は蓮にぎゅっと抱きしめられていた。

 蓮は怪我をしているのに、華鈴の身体を強く抱き締める。


「蓮様……?」

「本当に、無事でよかった」


 蓮が彩都を出るときに見た華鈴は、意識を失っていた。

 蓮は華鈴のために一人彩都へ行ったのだ。

 どれだけ心配をかけていたのか、華鈴は実感する。

 そうしてまた、涙がこぼれる。

 華鈴を抱きしめてくれる腕が、華鈴の存在を確かめるように包みこむ。

 その腕に、華鈴はいつの間にか心を預けていた。

 大好きな、蓮の腕の中。安心感で、華鈴の身体の震えは止まっていた。


「蓮様がいてくれれば、私はこれからも頑張れます。ずっと、側にいてもらえませんか?」


 皇帝となった華鈴は、朱紅城に留まることになる。

 しかし、蓮には、鬼狩師の仕事がある。

 守りが強い彩都に、蓮のような鬼狩師は必要ない。

 彩都が落ち着けば、蓮は渼陽地区の家に帰ってしまうだろう。

 華鈴はもう、蓮を追いかけられる立場ではない。

 それでも、蓮と離れたくなかった。

 華鈴が強くなれたのは、蓮のおかげだ。

 蓮が側にいてくれたから、前を向いて歩いていくことができた。

 蓮が何と答えるのかが怖くて、華鈴は顔を上げられない。

 ふっと蓮の気配が離れたかと思うと、優しく両頬を包まれ、顔を上げさせられた。

 華鈴は、きれいな碧の瞳と見つめ合う。


「当然だ。俺はもう、華鈴から離れられない」


 そう言った蓮は、今まで見たこともないくらい優しい表情をしていた。




 そんな二人の様子を、日比那はにやにやしながら見つめていた。


「蓮も、あんな顔するんだなぁ……ま、不安にもなるか。男も女もみ~んな華鈴ちゃんに見惚れてるんだもんなぁ」


 華鈴は緊張であまり周りが見えていないだろうが、華鈴を目にした者たちは皆彼女に目を奪われずにはいられなかった。

 誰もが華鈴に近づきたい、声を聞かせてほしい、と思っているだろう。

 中でも、鬼狩師にとって〈幽鬼姫〉は特別な存在だ。

 今までは蓮が華鈴を独り占めしていたが、これからはそうはいかないだろう。

 華鈴の心が、他の男に向かうこともあり得るかもしれない。


「ま、華鈴ちゃんは蓮のことしか見えていないけどね」


 少しは自分のことも男として意識してくれればいいのに、と日比那は思う。

 しかし、これ以上華鈴を蓮だけのものにしておくのも癪だから、日比那は二人に近づいて行く。


「蓮ばっかりずるいな~。華鈴ちゃん、オレも怪我人なんだよ? 癒してほしいなぁ」

「だ、大丈夫ですか? 私のせいでゆっくり休ませられなくて、本当に申し訳ありません。どこがどう痛みますか? すぐにお医者さんに診てもらわないと! 蓮様もですからね!」


 神力も回復したし、放置していればそのうちもう治る傷だが、日比那はわざとふらついて見せる。


「華鈴ちゃん、オレもう駄目かも……」

「そ、そんな! 大丈夫ですか? どうしよう、日比那さん……!」


 慌てて駆け寄ってくる華鈴が可愛くて、日比那はにっこり笑う。


「華鈴ちゃんが口付けてくれたらすぐに治る気がするなぁ」

「ほう、華鈴の力を借りるには少し傷が浅いようだな。俺が傷口を広げてやる」


 いつの間に取り出したのか、復活した蓮の大鎌が日比那の目の前にあった。

 その絶対零度の眼差しにゾクリとし、日比那はさっと後ろへ引いた。


「もう治った! 治ったから!」

「そうか、それはよかった。華鈴、こいつの言うことを真に受けるなよ」

「え、でも……本当に大丈夫なのですか?」


 日比那の軽口も、華鈴は真面目に考えてくれる。

 怪我をしているのは本当だから、本気で心配してくれているのだろう。

 華鈴は、ずっと笑顔の仮面を被っていた日比那の心に触れてくれた優しい少女だ。

 華鈴には心を偽る必要がないのだと思うと、日比那は少し照れくさくなる。


「うん、本当にもう大丈夫。それより華鈴ちゃん、女官たちが探してたよ」


 日比那が告げると、華鈴は慌てて宮殿に走って行く。

 そんな華鈴の後ろ姿を、蓮と日比那は並んで見つめる。


「きっと、この国は変わる」

「これから忙しくなりそうだね」


 可愛く奮闘する幽鬼姫を見守る日々に、自分たちの幸せはある。

 そう確信し、鬼狩師たちは心からの笑みを浮かべていた。

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