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幽鬼姫伝説  作者: 奏 舞音
第三章

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第八十話 新たな時代へ


 夜も明けきらぬ時刻、朱紅城の広場には、官吏、女官、兵士たちから下働きの者まで多くの人間が集められていた。

 彼らは何事かと顔を見合わせている。

 普段開かれることのない朱紅城の門は開かれ、ほとんど人前に現れない鬼狩師たちが勢揃いしている。

 人々を広場に集めたのは、鬼狩師だ。

 鬼狩師は民の味方だという認識は持っていても、半ば強引に連れ出されたために、誰もが不安そうな面持ちである。

 皆が口々に説明を求めるも、鬼狩師たちは沈黙を貫き通す。


 そして、薄暗い空に朝日が昇り始めた。

 ギィィ…………

 眩しい陽の光の中で、重い音を立てながら開かれた扉は、皇帝陛下が鎮座する陽惶殿のものだった。

 そこにいたすべての目が陽惶殿に釘付けになった。

 皇帝陛下しか歩くことを許されない赤の絨毯の上を、緩やかな足取りで少女が歩いてくる。

 誰かが抗議の声をあげようとした。

 しかし、それはできなかった。

 その姿があまりにも美しく、神々しかったから。

 少女は、艶やかな長い黒髪を背に流し、何の装飾もない真っ白な着物を纏っていた。その手足は陶器のように滑らかで、花弁のように可愛らしい唇には笑みが浮かんでいた。

 広場に整列していた鬼狩師たちは、少女の姿を目にとめると、感慨深げに膝をついた。

 真っ直ぐに広場へと足を進める彼女の両端には、黒地に金の龍が描かれた着物を纏う男と、赤い衣を着てこれでもかと装飾品をつけながらも品のある男が付き従っていた。


 ――あの黒の着物は蒼華大神様直属の鬼狩師のみが着用できるものではないか……!

 ――そういえば、あの派手な男は彩都最高の結界術を持つといわれた鬼狩師では……?

 ――何? そんな最強の鬼狩師を従えているあの娘は何者なのだ……


 皆が皆、近づいてくる少女から目を離せない。

 少女はそのまま階段の手前まで歩みを進め、足を止めた。広場にいる全員の顔をゆっくりと見回す。

 そして、大きく息を吸って信じられない言葉を発した。


「皆の者、よく聞きなさい。現皇帝、瓏珠ろうしゅは死んだ」


 耳に心地よく響く声で、放たれた少女の言葉は、この場に集まった者達の思考を一時停止させた。

 皇帝の名を口にしたどころか、この国の守護の要である皇帝陛下が亡くなったと言ったのだ。

 現皇帝に子はなかった。

 つまり、数千年途絶えたことのなかった皇帝の血が途絶えたことになる。

 そうなれば、蒼華大神の守護はどうなる?

 誰も少女の言葉を真実として受け入れることができないでいた。

 広場は怖いくらいの静けさに包まれている。

 誰かが嘘だと叫ぶのを待っているように。


「瓏珠が死んでも、冥零国は蒼華大神の守護下にあります。しかし、神の守護だけに頼り、誰かを犠牲にしなければ生きていけない生き方では、大切なものを守ることはできません。私は、皆に強くなってほしい」


 強い信念を宿した少女の漆黒の瞳、真摯な言葉で伝わってくる少女の真っ直ぐな思い。

 誰も、口を挟んだりしなかった。

 誰も、動けなかった。

 たかが小娘の話一つに、様々な年齢層の者たちが、何の反応もできず、ただただその声に耳を傾けることしかできなかった。

 一体この少女が何者なのか。

 薄々、気づきはじめていた。


「この国は、私が変えてみせます。――瓏珠の娘である私が」


 ざっ……!

 という音が、広場に一斉に鳴り響いた。

 それは、集められた数百人全員が膝をついて礼をとった音だった。


「ありがとう」


 そう言って、少女は花が綻ぶような笑顔を浮かべる。

 そして、広場の上空に大きな蒼い龍が現れた。

 光の加減によって金にも蒼にも黒にも見える大きく立派な龍は、数回空中を旋回すると、広場に降り立った。

 いつの間にか人の姿をとって。


「蒼華大神様」


 少女が膝をついた。

 その小さな頭を、蒼華大神のふくよかな手がぽんぽんと優しく撫でる。


「この可愛らしい娘をわしはずっと見守る。お主たちみなで支えてやってくれ」


 のほほんとした口調と笑顔だったが、その言葉は重くのしかかった。

 時代が変わろうとしている。

 誰もがそう予感した。

 神々の守護に頼るのではなく、人間自らの力で切り開いていく時代が……くる。


「今日から私が皇帝となり、皆を導く。どうか、信じてついてきてほしい」


 その言葉に、少女に付き従っていた二人の男も膝をつき、礼をとる。

 そして、広場に集められた者たちは、新皇帝の誕生を祝う言葉を述べ、頭を垂れた。


 ***


 与乃は、眩しい華鈴の姿を広場の隅でじっと見つめていた。

 優しい少女にとって、これからの未来は決して楽なものではないだろう。

 すべてを包み込むような笑顔で与乃に手を差し伸べてくれた華鈴のために、与乃は何ができるだろうか。

 そう考えた時、能天気な男の言葉を思い出してしまった。


「彩都の結界、思ったよりも修復がは早かったのは与乃ちゃんのおかげだよ~」


 などと日比那は言っていたが、幽鬼は朱紅城に引き寄せられていて、門に数珠を置くだけなど何の危険もなかった。

 それは、与乃を危険から遠ざけるためだということに気付いたが、自分にできることは何もなく、ただ足手まといになるだけだ。

 だから、与乃は日比那の言う通りにするしかなかった。

 それが悔しくて、与乃はまだ華鈴に会いにいけないでいる。

 人々を広場に集める時、与乃の姿を見つけた日比那がうっとおしく声をかけてきた時、華鈴が与乃に会いたがっていると聞いたのだ。

 しかし、与乃は蓮や日比那のように華鈴の隣を堂々と歩く自信がない。

 人々に囲まれる華鈴を見ながら、与乃はひとつ溜息を吐く。

 そうして広場から視線を逸らした時、朱い門の側に見知った男を見つけた。

 忘れるはずもない、香亜村の幽鬼を使役していた男、雄清だ。

 そして、彼は華鈴の幼馴染でもある。

 故郷の村には帰っていなかったらしい。

 華鈴を傷つけた男を許せるはずもなく、与乃は何も考えずに雄清に声をかけていた。


「おい、何こそこそ華鈴を見ているんだ!」


 ビクっと肩を震わせて、雄清はその場から去ろうとした。

 しかし、慌てていたためか勢いよく転んだ。


「よほど痛い目に遭いたいらしいな。今すぐにあの鬼狩師を呼んできてやろうか?」

「や、やめてくれ! 俺はただ、華鈴の無事を見にきただけだ!」


 蓮のことをほのめかせば、恐怖心からか雄清は素直に口を開いた。


「華鈴を責めていたお前が、華鈴を心配だと? 呆れて物が言えないな」


 与乃は自分にもわずかな神力しかないことを自覚しながらも、八つ当たり気味に目の前の男を責めていた。蓮に説教されて、この男は本当に反省したのだろうか。


「……その通りだ。俺は、あいつを責めて、傷つけるばかりだった。許されるとは思っていないが、償いたい。でももう、無理だよな。あいつは、皇帝になったんだから」


 華鈴はもう、ただの華鈴ではなく、冥零国皇帝となった。

 華鈴自身は変わらなくても、その立場や環境はめまぐるしく変わるだろう。

 華鈴は優し過ぎるから、与乃は心配だった。

 あの男共に任せておいて大丈夫だろうか。

 しかし、与乃には何の身分もない。

 皇帝となった華鈴に近づくことすらできないだろう。

 それは、雄清も同じだ。

 過去のことを謝りたくても、許しを請いたくても、華鈴に会うことすらできない。

 そう思えば、与乃はこれ以上雄清を責めることができなかった。


(もっと、あたしに力があれば、華鈴を守ることができるのに……)


 与乃は結局、華鈴の側にいながら、何もできないことが辛いのだ。

 友人だと笑顔を向けてくれた華鈴のために、力になりたいのだ。

 華鈴は与乃に力を求めているのではなく、ただ一緒に笑い合える仲になりたいだけなのだが、その思いは与乃にはまだ理解しがたいものだった。

 だから、与乃自身がそれでは駄目だと否定してしまう。


「ならば、お主ら鬼狩師になるか?」


 割り込んできた声の主は、ぽよよんとしたほっぺと白い髭をたくわえたおじいちゃんだった。

 蒼い着物に身を包んだそのおじいちゃんは、にっこりと穏やかに微笑んでいる。

 何者だろうか。与乃のわずかな神力が、反応しているのが分かる。

 只者ではないはずだ。


「そうじゃった、お主らはわしを知らぬのか。冥零国の守護神、蒼華大神とはわしのことじゃよ」


 あまりの衝撃に、与乃はぽかんと口を開けてしまった。

 まだ地面に座り込んでいる雄清も、呆然としている。


「わしの友が、鬼狩師が欲しいと言うておっての。華鈴の側におりたいんじゃったら、修行でもするかの?」


 重大な話を、蒼華大神は軽いノリで話す。

 しかし与乃にとっては、有り難い申し出だ。

 この神力をうまく使うことができたなら、きっと華鈴の力になれる。

 友として、引け目を感じずにいられるはずだ。


「蒼華大神様、どうかよろしくお願いします」


 与乃が頭を下げると、雄清も立ち上がった。


「蒼華大神様、俺には神力はありません。それでも、俺にも何かできるなら、やらせてください!」


 そんな二人に、蒼華大神は柔らかな笑みを向けた。

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