表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽鬼姫伝説  作者: 奏 舞音
第三章
80/84

第七十九話 愛を知り、光となる


「ありがとう、華鈴」


 はじめて、髃楼が華鈴の名を呼んだ。

 幽鬼姫ではなく、娘としての華鈴を呼んでくれた。

 そのことが嬉しくて、華鈴はまた涙を流す。


「もう、私は大丈夫だ。華鈴は華鈴のいるべき場所へ行きなさい」


 振り返れば、蓮と日比那が華鈴を心配そうに見ている。

 無茶ばかりする華鈴に、二人はずっとついてきてくれた。


「蓮様、日比那さん……!」


 華鈴が二人のもとへ駆け出した時、蓮がやめろ! と叫んだ。


「え……?」


 蓮の視線の先を辿り振り返ると、血を流す髃楼の姿があった。

 首の動脈を切ったのだろう、髃楼の首筋からは血が溢れている。

 目の前の光景が信じられない。

 血にまみれるのもかまわず、華鈴は父の身体を抱き抱えた。


「どう、して……!」


 華鈴は血だらけの髃楼を抱いて泣きわめく。


「生きてくれるって、言ったのに……どうして、どうしてっ……!」


 この人に、光を見せたかった。

 あたたかな場所を与えたかった。

 幸せを知ってほしかった。

 平凡な日常の中で、穏やかに笑っていてほしかった。

 これから、父娘おやこの時を刻んでいきたかった。


「そう言ってくれただけで、もう十分…だ。私はずっと、愛されて……いた、んだ。そのことに気付かせ…くれて……ありがとう……」

「嫌よ! お願い、私を一人にしないで」


 華鈴には、蓮も日比那もいてくれる。

 それでも、血のつながった家族は、この人だけ。

 育ててくれた両親も、産みの母も、みんな死んでしまった。

 華鈴の肉親は、髃楼だけだ。

 華鈴は、その命を繋ぎ止めようと傷口を手で抑える。

 それでも、血は止まらない。

 いやいやと首を振り、いかないでと願う。


「愛しているよ……華鈴は、私と莉華の…宝物……」


 その言葉を最期に、髃楼は息絶えた。

 そして、その身体は徐々に薄く光の粒子となって消えてしまった。

 髃楼が流した血もすべて消えてしまい、華鈴はその場から動けなくなる。


「……華鈴」


 あまりのショックに呆然としていた華鈴を、蓮の力強い腕が抱きしめてくれる。

 少しずつ、髃楼の死の実感がわいてくる。

 数千年の時を経て、ようやく髃楼の魂は光に還ったのかもしれなかった。

 蓮に、あやすように背を撫でられる。

 その優しい手つきに、華鈴は無意識に蓮にすべてを委ねていた。

 しばらくそうしているうちに、落ち着いてきた華鈴は、自分が何かを握っていることに気付いた。無意識にぎゅっと握りしめていた拳を開くと、手の中には光沢の美しい黒真珠があった。


「これは……?」


 華鈴が黒真珠を見つめて呟いた時、辺りが白い霧に包まれた。

 ぼふっという緊張感のない音と共に現れたのは、ぽよんとした蒼華大神だった。


「それはの、髃楼が莉華のために作った術具じゃよ。無事に子が生まれてくるように、との願いが込められておる」


 優しげに目を細めて、蒼華大神が言った。


「お父様が、お母様のために作った術具……」


 この黒真珠には、安産を願う優しい髃楼の思いがある。

 この黒真珠を作っているときには、幽鬼姫への執着も、闇の力も、髃楼を縛り付けてはいなかっただろう。


「私が、幽鬼姫の力を持たなければ……お父様は闇に引きずり込まれることはなかったのでしょうか?」

「いんや、華鈴ではなくとも、どのみち幽鬼姫は生まれていたはずじゃ。愛する者の手によって光へと導かれた髃楼は、幸せそうじゃったよ。やつは、ようやく終わりなき闇から解放されたのじゃ」


 幸せ、だったのだろうか。

 しかし、髃楼は数千年もの間、闇を抱えていたのだ。

 光に恋い焦がれながらも、闇に囚われ続けていた。

 そんな彼が最後に光を見ることができたなら、救われたのなら。

 哀しんではいけないような気がする。

 髃楼が闇ではなく、眩しい光となれたことを、華鈴は喜ぶべきなのかもしれない。


「蒼華大神様、お父様の魂はどうなるのでしょうか」

「わしが預かるつもりじゃよ」

「え、蒼華大神様が?」


 思わず、華鈴は問い返していた。

 髃楼が闇の世界で永遠に近い命を得たのは、蒼華大神の憎悪を向けられたからだ。

 また、何か怒りを買うようなことになって、髃楼が闇に堕ちたらどうしよう、と華鈴は内心焦る。


「心配いらんぞよ。わしはもう恨むことに疲れてしもうたのじゃ。それに、蘭華に怒られてしまうわぃ」

「蘭華様に?」

「心残りじゃった髃楼が闇から解放されたことで、蘭華の魂は天界にやってきたんじゃよ。髃楼のことでは随分わしは怒られてしもうたわ。だから、という訳でもないが、わしは髃楼の魂の綻びを天界で補い、また新たな命として誕生できるよう力を尽くすつもりじゃ」


 その話を聞いて、華鈴はほっと息を吐いた。

 蘭華も、髃楼も、ようやく前に進むことができるのだ。

 華鈴も、立ち止まっている場合ではない。


「お主らにも、辛い選択をさせてすまんかったのぅ。ありがとう、本当にありがとう……」


 そう言って蒼華大神は、華鈴、蓮、日比那の三人をいっぺんに抱き寄せた。

 誰も、何も言えなかった。

 心に負った深い傷は、言葉にできるようなものではなかったから。

 それでも、誰一人として蒼華大神を拒絶しなかった。

 蓮はうっとおしそうな顔をしていたが、されるがままになっていた。

 日比那はこういう時はうまく笑えないようで口元をむずむず動かしていた。

 華鈴は素直にやわらかな蒼華大神の抱擁に身体を預けていた。


「いい加減離せ!」


 蒼華大神が三人に頬ずりしたりぎゅうぎゅうしたりと、抱擁が過激化してきた時、さすがに蓮がキレた。

 そうして、三人は蒼華大神の腕の中から解放される。


「え~、珍しく蓮が甘えてくれとると思うたのにぃ」


 ぷう、と蒼華大神が頬を膨らませると、日比那が腹を抱えて笑い出した。


「はは、本当に蒼華大神様は蓮が好きですねぇ」

「お主もの。今まで、よく耐えてくれたのぅ。やはり、お主に結界術を学ばせてよかった」


 柔らかく微笑んだ蒼華大神に、頭をくしゃくしゃ撫でられ、日比那の目はじわりと潤んだ。


「……不意打ちはずるいですよ」


 蒼華大神に選ばれたのは蓮で、日比那は取り残されていた。

 今思えば、幽鬼への恨みばかりを募らせた日比那だったから、あえて選ばなかったのだと分かる。

 そして、幽鬼への憎悪を抱えた日比那に結界術を学ばせることで、その闇からも守ろうとした。

 元々素質のあった日比那は、あっという間に結界術を我が物にした。

 そうして、かつて蒼華大神に選ばれたいと思っていた日比那は今、蒼華大神も認める鬼狩師となっている。

 それは、日比那が様々なことに耐える強い心を持っていたからだと華鈴は思う。


「さて、この後始末をどうするかのぅ。そろそろ髃楼が眠らせていた人間達が起き出す頃じゃよ」


 蒼華大神がむぅと考え込むような仕草をする。

 やけに宮殿の中が静かだと思っていたが、眠らされていたのか、と華鈴は納得する。

 しかし、この状況をどう説明すればいいのだろう。

 髃楼は、瓏珠という名の皇帝だった。

 つまりは、冥零国の皇帝が亡くなった。

 民が混乱することは間違いない。

 国への不信感や不安感によって、幽鬼たちが活発化するかもしれない。

 どうにかしなければ、と華鈴は頭を巡らせる。


「華鈴、大丈夫だ。俺たちがいる」

「そうそう、何でも言って」


 蓮と日比那の声を聞いて、華鈴は自分のやるべきことを見つけた。


「皇帝が死んだことを皆に伝えます。そして、私がお父様の後を継ぎます」


 華鈴が言うと、蓮と日比那が力強く頷いた。


「俺は、この宮殿で眠ってた奴らをまとめて広場に向かわせる。皇帝の死で絶望する人々には、奇跡の演出が必要だな。蒼華大神、協力しろ」


 蓮が鋭い碧の瞳で蒼華大神に詰め寄る。

 その、お前のせいでもあるんだからできないとは言わせねぇぞ、という無言の圧力は、神といえども断れるものではなかった。


「じゃあ、オレは鬼狩師たちを呼び戻す。裏切り者の鬼狩師たちは、雑用としてこき使ってやろう」


 にっこりと腹黒い笑みを浮かべ、日比那が楽しそうに言った。華鈴は、少しだけ遼炎たちに同情した。


(私も、頑張らないと)


 蓮と日比那が、華鈴に向ける絶対的な信頼が、華鈴に力をくれる。

 信じてくれる二人のためにも、それに報いるだけの働きをしたい。


「お父様、私はあなたが守れなかったものを守ってみせます」


 華鈴は黒真珠をぎゅっと握りしめて、動き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ