第七話 鬼狩師と小鬼たち
蓮の屋敷は、山神様の祠からそう遠くない場所にあるという。
周囲は木々で覆われているが、山の中腹だというのに平地に慣らした場所に建っていた。
長方形の形をした平屋建ての屋敷には、三つの部屋がある。
東側にある玄関を入るとすぐ床板の広間があり、蓮の部屋と小鬼たちが料理を作ってくれる台所と板の間に繋がっている。
そして、その二つの部屋に面した奥の部屋を華鈴が使っている。
居候だというのに一人部屋をもらってしまったのだ。
最初は一人部屋など申し訳なさすぎるから土間でもかまわない、と言ったのだが逆に蓮に怒られてしまった。
華鈴には自分の荷物などない。
だから、眠れるのなら本当にどこでもよかったのだが。
そんなことを言えば蓮に睨まれ、小鬼たちには心配されるということが分かったので心の内にとどめておく。
蓮の屋敷には一つも華美なところはなく、部屋の広さも物もすべて必要最低限に抑えられていた。
貧しい生活をしていた華鈴にとっては、この庶民的な屋敷は居心地がよかった。
板の間や縁側の木の床には、所々引っ掻いたような跡がある。
おそらく小鬼たちが鋭い爪で傷つけてしまったのだろう。
この屋敷に住んでいるのは、小鬼たちと蓮だけだそうだ。
蓮は屋敷のことをすべて小鬼たちに任せているらしく、家事をこなす小鬼たちの手つきは慣れたものだった。
華鈴がこの屋敷に来て、もう一週間が経つ。
すっかり気力と体力を回復した華鈴は、ここでの生活に慣れ始めていた。
今、華鈴は北側にある縁側に座り、庭で落葉を集めている小鬼たちをほっこりした気持ちで眺めていた。
庭には小さな池があり、花は咲いていないが桜の木も植えてあった。
暖かな春になれば、桜の花が咲いてより一層庭を美しく見せるだろう。
(桜の花が咲く季節まで、ここにいてもいいのかな……)
ここにいるために、華鈴も何か仕事をしようと思ったのだが、療養させろという蓮の言いつけを守る小鬼たちに断られてしまった。
何もしていなくても怒られず殴られないなんて、華鈴には生まれて初めてのことだった。
目の前に広がる光景は平和そのものだ。
小さな彼らがちょこちょこと歩き、落葉を集める姿はなんだか可愛い。
初めて見た時は驚いたが、もう小鬼たちにも慣れた。
冬の陽光に照らされて、蓮と小鬼たちの優しさに心もあたたかな華鈴の顔は自然と綻ぶ。
これが、幸せというものなのだろうか。
「こら、枯葉で遊ぶな!」
いつの間に仕事から帰って来ていたのか、蓮が庭にいた。
間が悪いことに、小鬼たちが集めた落葉に飛び込んだりしてきゃっきゃと遊び始めたところだった。
蓮の一声で、小鬼たちはすぐに落葉をひとつの山に集め直した。
「ったく、せっかく紫芋を買ってきたってのに」
そう言った蓮の手には、たしかにずっしりと重そうな布袋があった。
その布袋に目をきらきらさせた小鬼たちが群がり、蓮が苦笑している。
「今日は焼き芋ですか!」
華鈴も小鬼たち同様に目を輝かせ、庭に下りた。
「お前もか」
呆れたように、蓮がふっと笑う。
意外と、蓮はよく笑う。
最初の印象では絶対に笑わない人だと思っていたが、小鬼たちと一緒にいる時は呆れながらもよく笑っている。
腹を抱えて笑うところを見たことはないが、華鈴から見たらとても楽しそうだ。
実際、自分もとても楽しい。
まだたった一週間だが、この生活が手放せないと思う。
蓮と小鬼たちと一緒に庭で紫芋を焼く。
小鬼たちが集めた落葉がいい具合に燃えている。
「もうすっかり元気そうだな」
焼きあがった芋を縁側で食べながら、蓮がふいに華鈴に話しかけた。
「はい、蓮様のおかげです」
蓮にもらった薬のおかげで傷は塞がり、清潔な服と規則正しい生活のおかげで肉体的にも精神的にも、華鈴は村にいた時よりも元気になった。
村では、安心して眠ることもできなかったから。
「色々と、本当にありがとうございます」
華鈴は感謝の気持ちを込めて頭を下げる。
「俺は何もしていない。だから、様付けで呼ばなくてもいいんだぞ」
「そんなことはありません! 私は十分、蓮様に助けられています!」
華鈴は、蓮に対して感謝してもしきれないほどの恩を感じている。
そう思い、全力で訴えたのだが、蓮から返ってきたのは苦笑だった。
「大袈裟だ。それに、本当に俺は大したことはしていない。お前の世話はほとんどあいつらに任せていたからな」
そう言って、蓮は庭にいる小鬼たちを見た。
華鈴も蓮の視線を辿るように小鬼たちを見る。
しかし、鬼狩師が鬼と一緒に暮らしているなんて、不思議なこともあるものだ。
そんな疑問が顔に出ていたのか、隣に座った蓮が仏頂面で教えてくれた。
「あいつらは、ただの小鬼だ。といっても本来なら、異形のモノはここではない世界に在るべきなんだが、たまに迷い込むモノもいる。こいつらもそうだ。幽鬼に襲われているところを助けてから、勝手に懐いて居座ってやがる」
迷惑そうに言いながらも、蓮が本気で嫌がっていないのは華鈴にも分かる。
小鬼たちは心から蓮を慕っているし、蓮も彼らを優しく見守っている。
屋敷を任せているのも、それだけ信頼しているからだ。
胡群の村では、鬼などの人ならざる異形のモノは人間を害する邪悪なもので、危険なものだとされていた。
それらすべてのモノから村を守ってくれているのが、山神様という存在だった。
だから、村に何か良からぬことが起きれば山神様の機嫌をとるために生贄を差し出していた。
――誰かの命を捧げれば、自分たちが救われると信じて。
それは、人間の黒い部分を全て山神様に押し付けているようにも思えた。
自分たちのことは棚に上げて他者を責める、そんな黒い部分を自分たち以外のものに投影し、自分たちの中にはなかったことにしてしまう。
人間の身勝手な行動が神を穢す。
山神様は、胡群のことをどう思っているのだろうか。
華鈴は誰かのためになるなら、と生贄になることを受け入れた。
華鈴を嫌う村人のためだとしても、死んでも構わなかった。
もう華鈴を愛してくれる者も、心配してくれる人もいないのだから。
人から疎まれ、嫌われ、孤独を生きることに何の意味があっただろう。
しかし、山神様は生贄を必要としておらず、華鈴を生かした。
それどころか、華鈴が幽鬼を救うことができる幽鬼姫だと言った。
蓮も、それを信じている。
自分では信じられないが、本当にそうだとしたらこれほど嬉しいことはない。
今、華鈴の側にいてくれている蓮と小鬼たちのために何か出来るかもしれないのだから。
何かと世話を焼きたがる小鬼たちと、華鈴が泣き言を言うと怒る蓮。
そのどれもが、華鈴を心配してのことだと分かる。
不器用な優しさに、心が温まる。
ここでは、誰も華鈴を拒絶しないし、否定しない。
それが、どれほど華鈴にとって救いだったか。
蓮は、山神様に頼まれて幽鬼姫である華鈴の面倒を見てくれているが、華鈴は幽鬼姫として何もできていない。
蓮に与えられるばかりで、何も返せていない。
それがもどかしくて幽鬼姫のことを詳しく聞こうとしても、今は療養に集中しろと言われるばかりだった。
だが、もうそろそろ色々と教えてもらってもいいだろう。
そう思い、華鈴は思い切って聞いてみる。
「蓮様は、山神様とどのような関係なのですか?」
最初から気になっていたこと。でもなかなか聞けなかったこと。
守り神として崇められている山神様に大きな態度をとれる蓮と、蓮に頭が上がらない山神様。
鬼狩師は、幽鬼だけでなく神に対しても強い力を持つのだろうか。
「鬼狩師は、幽鬼を滅するだけでなく、神が闇に堕ちないよう見張ることも仕事だ。鬼狩師はそれぞれ担当地区があり、俺は、今は主に渼陽地区を担当している。少し前、偶然この山で強い邪気を感じて探っていたら、山神に会った……」
いつもだったらはぐらかされそうな問いに、今日の蓮は真剣に答えてくれた。