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幽鬼姫伝説  作者: 奏 舞音
第三章

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第七十七話 ようやく見つけた魂(こころ)


 髃楼が求めていた“完璧な幽鬼姫”とは、髃楼を殺してくれる幽鬼姫。

 髃楼は、恨まれるため、憎まれるため、その生を終わらせるため、幽鬼姫を殺し続けた。

 髃楼が幽鬼姫に執着していたのは、蘭華を愛していたから。

 髃楼が永遠の命を得たのは、愛する者のいない世界に絶望していたから。

 

 誰よりも愛を求めていたのに、自分からすべてを壊してしまった。

 認めてほしかった。誰かに必要とされたかった。自分の存在が確かに在るのだと、確信したかった。

 居場所が、欲しかった。

 たったそれだけのことだったのに、どうして独りになってしまったのだろう。


 華鈴は、歴代の幽鬼姫の力を借りて、髃楼の過去を見た。

 そして今、華鈴は髃楼の魂に触れている。

 意識の奥で、髃楼は震えて蹲っている。

 止めどなく溢れる涙と、悲しみを映した漆黒の瞳。

 おそらく、幽鬼の闇に引きずり込まれた憎悪の塊ではなく、かすかに残っていた髃楼のこころだ。

 周囲は闇に包まれ、髃楼が取り込んだのだろう幽鬼たちが漂っていた。

 幽鬼たちは泣き続ける髃楼に呪いの言葉を吐き続け、その心を少しずつ殺していく。

 そうして髃楼は闇の存在となったのだろう。

 しかし今は幽鬼姫の力によって、彼の魂は守られている。

 ただ、数千年も闇に蝕まれていたもう一人の髃楼は、幽鬼姫たちの浄化の光に包まれていることにまるで気付いていなかった。

 ひたすら謝り、幽鬼たちに殺してくれと懇願する。

 その幽鬼たちは、自分自身が生み出した存在であるというのに。

 幽鬼に髃楼を殺すことはできない。

 おそらく、蒼華大神の力によって永遠の命を得た髃楼を殺すことができるのは、幽鬼姫だけだ。

 華鈴は、そっと泣いている髃楼に近づく。ぼんやりと透けているその身体は震えていた。


「ずっと、ここで泣いていたの?」


 華鈴はそう言って、髃楼の身体を抱き締めた。

 実体はなくても、確かに触れることができた。

 抱きしめたい、と華鈴が思ったからだろうか。

 ただひたすらに愛を求めたこの人を、これ以上独りにしたくなかった。


「気づけなくて、ごめんなさい」


 今まで、何人の幽鬼姫が彼のこころに触れることができただろうか。

 救いたいと言いながら、彼を見つけることができなかった。

 歴代の幽鬼姫の分まで、華鈴は髃楼に真っ直ぐ言葉を向ける。

 華鈴の頬を伝う涙が、髃楼に触れた。

 そこで初めて、髃楼は顔を上げた。

 身体を少し離し、見つめ合う。


「……蘭華?」


 切なげに、その名を呼ぶ。

 しかし、華鈴は彼が求める蘭華ではない。


「いいえ。私は、あなたの娘……華鈴というの」


 華鈴は、決して望まれた子ではなかっただろう。

 もし、生まれてくる子が幽鬼姫の力など持たない普通の子だったなら、髃楼は母を愛し続けていたかもしれない。

 華鈴が生まれてこなければ、産みの親であるあの人は死ぬことはなかったかもしれない。

 いくつもの可能性が、華鈴の胸を締め付ける。

 それでも、華鈴は髃楼の娘だ。それは、変えられない事実。受け入れなければならない現実だ。


(私には蓮様がいてくれるけど、髃楼にはもう誰もいない……)


 どんなに辛くても、悲しくても、華鈴を受け止めてくれる人がいる。

 蓮は、華鈴に居場所をくれた。そして、生きる意味も。

 人が独りではないと思えるのは、誰かに受け入れられた時だろう。

 自分ではない誰かの中に、居場所を見つけるのだ。

 蓮に出会うまで、華鈴には生きる意味も居場所も何もなかった。

 誰も華鈴を必要としていなかったから。

 自分を責めて、両親を死なせた罪の意識に囚われていた。

 ずっと、許されるならば死にたいと思っていた。

 許されたかった。罰してほしかった。

 きっと、髃楼も同じ。


「大丈夫。もう、誰も傷つけなくてもいいの」


 華鈴は、優しく髃楼に言った。

 しかし、彼は寄り添っていた華鈴の手をはねのけた。


「蘭華は、私が殺した。光である幽鬼姫を殺した。彼女の光はあまりにも遠くて、眩しくて……闇に引きずり降ろしたかった。だが、無意味だ。私のところへは誰一人堕ちてこなかった。醜い私なぞ、さっさと殺せばいいだろう! 恨んでいるだろうに、悲しいだろうに、憎み、殺すことが何故できない……?」


 そう言って憤りながら、髃楼は酷く傷ついたような顔をしていた。

 髃楼は分かっているのだ。

 自分は許されないことをしたのだと。

 だから、殺せと言う。死を願う。


「私は、絶対にあなたを殺さない」


 華鈴は、何も知らずに闇に飲まれた時とは反対の言葉を紡ぐ。

 振り払われた手を、再び髃楼の手に沿える。髃楼は再び強く拒絶する。


「私は、娘をも利用し、殺そうとしたのだ。こんな父が許せるか?」

「許せません」


 華鈴はきっぱりと否定する。

 すると、髃楼は口元に笑みを浮かべた。


「そうだろう、ならば殺せ」

「許せるはずがないでしょう。あなたは、母への愛までもなかったことにしようとしているのだから」


 華鈴の産みの母。彼女は、確かに髃楼を愛しているように見えた。

 それに、髃楼も、彼女に心を許しているように見えた。

 二人の間には、確かに愛があったのではないか。

 だからこそ、華鈴が生まれたのではないか。

 華鈴はそう信じたかったし、産んでくれた母のためにも、そうであってほしかった。

 愛する者の子を産んだ女性であってほしかった。

 華鈴を産んだことを後悔していたとしても、一瞬でも愛してくれていたなら、華鈴は辛かった日々を愛することができる。

 そして、この可哀想な父親のことも。


莉華りか……そうだ、あの女は不思議な空気を持っていた。私を恐れず、寄り添ってくれた。私を懐柔するためかと思っていた……でも、違った。彼女はいつも優しく笑いかけてくれる。寂しがり屋なのね、そう言っていつも側にいてくれた……蘭華に向けていたものとは違うあたたかさがあった。彼女のためなら、こんな自分でも側にいたいと思っていた……」


 ぽつり、ぽつりと零れる髃楼の言葉は、華鈴の心をも熱くした。

 母の名は、莉華。

 華鈴の名前に母の名が入っていることに、うれしく思う。

 少しだけ、母に近づけた気がした。

 髃楼は華鈴の存在など忘れたかのように、莉華への思いを語る。


「幸せにしたかった。彼女の笑顔をずっと見ていたかった。蘭華を愛していると思っていたのは、私のただの独りよがりだった。本当に、心から愛するということを、莉華に出会って知った……それなのに、私はこの闇を抑えることができなかった。莉華の声すら届かない闇に堕ちて、彼女が弱っていくのをただ見ていることしか……あぁ、どうして、どうして私を置いていった……幽鬼姫など関係ない、私にはお前がいてくれればよかったのに……気付いた時には何もかも遅い」


 蘭華への思いは親愛に近いものだったのだろう。

 しかし、莉華への思いは深い情愛だった。

 そのことに、今になって髃楼は気付いた。

 いや、今まで気づかないふりをしていたのだろう。

 髃楼はずっと蘭華への愛しか知らなかったから。

 おそらく、蘭華は髃楼から向けられるものが親愛だと気づいていた。

 そして、ようやく今、蘭華が蒼華大神を愛していた時の気持ちを、髃楼は理解した。

 大切なものは一つだけではない。

 愛情も一つだけではない。

 蘭華と髃楼の間には親愛しかなかったかもしれない。

 それでも、確かに二人の間には絆があり、お互いを大切に想っていた。

 蘭華は人も幽鬼も愛することができたが、髃楼には蘭華だけしか見えていなかった。

 だからこそ、気付けなかったものや見えなかったものがあった。


「遅いだなんて決めつけないで。蘭華様は今もあなたのために祈っているの。あなたが、大切な存在だから。あなたを闇に堕としてしまったことを、申し訳なく思ってる。もう、誰も自分の大切なものを失わないためにも、諦めないで」


 華鈴は、涙ながらに訴えた。


「私も少し前までは、諦めて、逃げるばかりで何もできなかった。でも、蓮様に出会って、前を向いて歩くことができるようになったの。誰かに大切に想われることで、自分を好きになれる。大切な誰かがいてくれるから、強くなれるの」


 髃楼は不思議なものでも見るように、華鈴を見つめている。


「これからは、私があなたを、お父様を受け止めるわ」


 蓮が居場所をくれたように。蓮が強さをくれたように。蓮が守ってくれたように。


「本当に、私の娘なのか……?」


 呆気にとられたように、髃楼が言った。

 強い覚悟をして宣言したのに、髃楼は信じられないというように華鈴を見る。

 華鈴は、なんだかむっとして言い返す。


「あなたが言ったんでしょう? 私はあなたの娘です」

「……ふはは、莉華にそっくりだ」

「お母、様に?」


 華鈴が問うと、髃楼は笑みを浮かべたまま軽く頷いた。

 その穏やかな瞳の奥には、会うことが敵わなかった母が映っているのかもしれない。


「莉華は、意志の強い女性だった。そろそろ私も前に進まなければ、莉華に怒られてしまうな」


 髃楼の纏う空気が、ふっと軽くなった。

 そして、ほんの一瞬、優しい女性の笑い声が聞こえた気がした。


(お母様なの?)


 しかし、華鈴がその声の主を感じるよりも、突然空間に歪みが生じ、勢いよく華鈴は吹き飛ばされてしまった。

 視界が真っ暗になり、華鈴は戸惑う。

 一体何が起こっているのか、分からない。

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