第七十三話 切り開かれる道
「何故、幽鬼を消したぁぁぁぁ……っ!」
髃楼はわなわなと肩を震わせ、叫んだ。
そして、痛いほどの殺気が向けられたその一瞬、日比那は華鈴を結界で守り、蓮は華鈴に投げられた呪具を短剣ではじいた。
「裏切り者共が……!」
蓮の低い声で、華鈴はこの広場に髃楼以外の敵がいることを知る。
蓮と日比那の視線の先には、赤い長袍を着た男たちがいた。
それぞれに特殊な形の武器を持ち、首からは数珠を下げている。
まるで日比那の服装を真似たようなその姿を見て、華鈴は不思議に思う。
本当に敵なのだろうか。
しかし、武器は髃楼ではなく、華鈴たちに向けられていて、先ほど投げられた呪具も彼らが華鈴に向けて放ったようだった。
華鈴がこの状況に混乱していると、日比那が痛みをこらえるように言った。
「彼らは、彩都の鬼狩師だよ。髃楼に踊らされているみたいだけどね」
彩都に来て一人の鬼狩師にも会わなかったのは、鬼狩師が髃楼の下についていたからだったらしい。
彩都の鬼狩師、ということは日比那の同僚だ。
日比那と共に彩都を守っていた彼らが何故裏切ったのだろう。
それにしても、敵対している鬼狩師たちの中には、敵意と怒りの他にも何かありそうだと華鈴は思う。
「本当に、彼らは敵なのでしょうか」
華鈴がぽつりとそんなことを言うと、蓮に鋭い眼を向けられる。
「お前を傷つけようとする者は誰であろうと許さない」
睨まれて、怒られているのに、その力強い言葉を華鈴は嬉しく思ってしまう。
「そうそう、華鈴ちゃんのことは誰が相手だろうと俺たちが守るよ」
日比那が笑いながら、しかし真剣な声音で言った。
二人を心強く思いながら、華鈴はにっこりと笑った。
「では、彼らのことをお願いします」
「あぁ」
「任せて」
蓮は短く頷き、日比那は軽く笑って答えた。
鬼狩師たちに気を取られている隙に、髃楼は彼らの後ろ――陽惶殿へと姿を消した。
「髃楼を追います」
「気をつけろ」
華鈴は蓮の言葉に頷いて、髃楼を追うために走り出す。
陽惶殿の前に待ち構える十数人の鬼狩師のことは気にせず、華鈴はただ真っ直ぐに走る。
華鈴が進むための道は、蓮と日比那が切り開いてくれるから。
「久々に俺が稽古をつけてやる!」
「今度は卑怯な真似をせず、正々堂々戦おうね~」
そんな蓮と日比那の声が聞こえたかと思うと、すぐに戦闘は開始された。
――――キーン!
金属と金属がぶつかり合う音、衣擦れの音、何かを唱える声、それらが華鈴の横を通り過ぎていく。
誰も、何ものも華鈴を傷つけることも止めることもできない。
蓮と日比那は、たった二人で十数人の鬼狩師の攻撃をかわし、華鈴を邪魔する者をも退けている。
先ほどまで怪我で苦しそうにしていたのが嘘のように、日比那は軽やかな身のこなしで、笑いながら軽口をまでたたいてみせている。
蓮は愛用の鎌がないために、鬼狩師たちの持つ武器を奪いながら反撃していた。
短剣、長剣、暗器、様々な武器を自分の手足のように使いこなしている様は、横目に見ていても惚れ惚れする美しさだった。
華鈴が進むために戦っている二人のことを信じて、ただ前だけを見て走る。
そうして、五十段ほどの階段を上り、陽惶殿入り口の扉にたどり着いた。
後ろでは、叫び声や金属音がとめどなく聞こえていたが、振り返ることなく華鈴は扉を開けた。




