第六十八話 光をくれた少女
上下左右すべてを白に囲まれた、地面も空も何もない空間で、蓮は自分が立っているのか浮いているのかさえも分からずにただ存在していた。
時間の感覚もないため、一体どれだけの時間をこの空間で過ごしているのかも分からなかった。
そんな状況の中、蓮は神経を張りつめてこの空間に何らかの変化が訪れるのを待っていた。
そして――――
「れ~ん~!」
神経を研ぎ澄ましていた蓮の耳に届いたのは、緊張感のない、しかし逆らうことが許されない声だった。
目の前に現れたのは、おそらく蓮の疑問のすべての答えを持っているであろう人物――蒼華大神、冥零国の守護神だった。
蓮はその姿を視界に入れた途端に詰め寄った。
「華鈴はどうなった……!?」
蒼華大神に聞いておかなければいけないことは山ほどあるが、今蓮の中で最も重要なのは、華鈴のことだった。
髃楼の呪具によって苦しんでいた華鈴を思い出し、悔しさがこみあげてくる。
自分がついていながら、華鈴を守れなかった。
術を解くため、術者である髃楼を殺すために彩都へ向かったが、その目的は果たせなかった。
自分の無力さに、苛立ちが隠せない。
感情を露わにする蓮に対して、蒼華大神は落ち着いた様子で言った。
「心配ないわい。ちゃんと生きておるよ」
その言葉を聞いて、蓮は少し緊張を解いた。
ひ弱な小娘に見えて、華鈴は強い。不安に押し潰されそうになることもあるが、前を向く強さを持っている。そんな華鈴を支えたいと思う。
そして何よりも、華鈴の笑顔を側で見守っていたい。
華鈴の純粋な心が、強さだけを頑なに求め続けた蓮の心を変えてくれた。
母を失った日から、蓮はあまり笑わなくなった。
それは、母を救えなかった罪悪感からでもあり、自分の弱さが許せなかったからだった。
しかし、華鈴に出会ってから、蓮は自分でも驚くほどによく笑うようになった。
蓮だけでなく、日比那までもが自然に笑うようになっていた。
穏やかで、楽しい夢のような時間。
本当に、夢だったのかもしれないとさえ思う。
今この空間で、蒼華大神が現れたことを考えれば。
「俺は……死んだ、のか?」
蓮は冷静に問うたつもりだったが、声は少し震えていた。
華鈴の側には日比那がいる。髃楼がいくら厄介な相手でも、日比那がいてくれるのなら、きっと大丈夫だ。
そう思うのに、最後に見た華鈴の姿があまりにも苦しげで、痛ましいものだったために、心に過ぎる不安は消えない。
本当に無事なのか、自分の目で確かめたかった。
しかし、死んでしまった自分はもう華鈴と会うことは叶わない。
(華鈴、お前の笑顔が見たい……)
今まで、自分の生に執着したことはなかった。
しかし、今は違う。
華鈴の側で生きていたい。
幽鬼姫として輝く華鈴の姿を見たい。
そう強く願う。
闇をも溶かす優しい笑顔、きれいに澄んだ漆黒の瞳、光を帯びた白い肌、蓮の名を呼ぶ可憐な声……華鈴のすべてが恋しかった。
華鈴の存在が、蓮に光を与えてくれたのだ。
昔の自分ならば、死をあっさりと受け入れていただろうが、華鈴という光を見た蓮はなかなか自分の死を受け入れられなかった。
華鈴に対しての未練がありすぎる。
蓮は、華鈴の笑顔と苦しげな最後の姿を交互に思い浮かべては顔を歪めていた。そんな蓮に対して、蒼華大神は軽く笑ってみせた。
「いんや。死んでないぞよ」
「…………は?」
驚きのあまり、じゃあこの空間は何なんだ! と叫ぶことすらできなかった。
蓮は間抜けにぽかんと口を開けていた。
「山神の神力と、幽鬼姫の力――つまりはわしの力を受け継ぐ者がそう簡単に死ぬ訳ないじゃろう」
蓮はその言葉にはっと目を見開き、蒼華大神はふぉっふぉっと笑う。
(死んでない……のか?)




