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幽鬼姫伝説  作者: 奏 舞音
第三章

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第六十七話 裏切り

 ドサッ――――――。


 与乃の背を見送った日比那の後ろで、何かが落ちる音がした。

 振り返ると、そこには誰かが倒れていた。

 その誰かに一歩一歩近づくたびに、心臓の鼓動が大きく強く鳴り響く。

 うるさい、うるさい。

 日比那は首を横に振り、目の前の現実を否定する。

 血まみれで倒れているその誰かが、自分の知っている人物であるはずがない。


「蓮……っ!」


 日比那は信じられない思いを胸に、恐る恐る倒れている人物に近づいた。

 顔は倒れていて見ることはできないが、乱れた赤銀色の髪は蓮のもので間違いないだろう。

 ボロボロになった着物には、黒くなった血がべっとりとついている。

 かつて、これほどまでに蓮がダメージを受けたことがあっただろうか。

 蓮は、神と幽鬼姫の子であり、守護神たる蒼華大神に選ばれた、冥零国一の実力を持つとされる鬼狩師だ。

 だからこそ、他の鬼狩師たちは蓮に一目置いていた。

 共に育ったこともある日比那でさえ、蓮の存在は遠く、大きいものだった。

 今は華鈴という存在によって幽鬼は大人しくなり、幽鬼を狩る鬼狩師の力など必要ないのかもしれない。

 しかし、幽鬼姫が現れるまでは、幽鬼は好き放題に人間に害をなしていた。

 その原因が他ならぬ人間にあったとしても、鬼狩師の役目は人間を、冥零国を守ることだった。

 蓮は一人で何十もの幽鬼の相手をし、被害を最小限に抑え、仲間のことも考えて行動していた。

 その完璧な仕事ぶりを誰もが認め、蓮を信頼していた。

 絶対的な強さが確かに蓮にはあったのだ。

 そんな皆の憧れでもある存在が、目の前で血だらけになって倒れている。

 日比那は、簡単にはこの状況を飲み込めなかった。

 夢だ、幻だ、と自分に言い聞かせるが、抱き起して見えたその顔はやはり蓮のものだった。


「蓮、しっかりしろ! 一体、何があった……?」


 そう呟きながらも、日比那は分かっていた。

 蓮にここまでの重症を負わせることができたのは、髃楼に違いない、と。

 早く安全な場所で手当てをしなければ……。

 しかし、今の彩都に安全な場所などあるのだろうか。

 もうじき結界は壊れ、幽鬼の大群がここを襲う。

 それを防ぐ手立ては、今のところ与乃に託した結界を補強する術具だけだ。

 うまく結界が完成すればいいが、それも日比那の力だけでどれだけ持つか分からない。

 だが、彩都担当の鬼狩師と協力することができたなら、状況は大きく変わる。

 今どこで何をしているのだろう。

 彼らは、無事だろうか。日比那が苦い顔をしていると、かすかに蓮が動いた。


「蓮っ!」


 いつもなら美しく整っているはずの蓮の顔が、今は赤い血にまみれて痛々しい。

 日比那は、蓮がまだ死の淵にいないことに安堵し、傷だらけの蓮を安心させるように笑う。


「蓮は、少し休んだ方がいい。大丈夫、華鈴ちゃんはオレが守るから」

「…………その必要はない」


 冷たい声が日比那の耳に届いた時、日比那の腹部には焼けるような痛みが走った。

 目の前の蓮に腹部を刃物で貫かれたのだということにすぐには気付けなかった。


「……ど、いう……こと、だ……?」


 先程まで酷い傷を負っていたはずなのに、蓮は顔色一つ変えずに立ち上がった。

 鋭い痛みに顔を歪めながら、日比那は蓮を見上げた。

 どうしてこういう状況になったのか考えようとしても、痛みに邪魔をされてまともな考えが浮かばない。

 日比那は、意識を飛ばさないように、ということにだけ集中する。

 そんな緊迫した状況の中、背後から足音が聞こえた。それも、複数の。

 その足音は日比那と蓮の周りを取り囲んだ。

 視界がぼやけていてよく見えないが、幽鬼ではなく人だろうとは認識できた。

 血の気を失い、朦朧とする意識を何とか保ちながら、日比那は自らの周囲に結界を張った。

 かなり弱いが、少しでも時間を稼げるだろう、そう思った。

 自らの張った結界の中にいれば、少しは冷静になれる。

 薄い結界の中から外にいる人物を見て、日比那は驚愕した。

 そして、すべてが繋がった気がした。


「おや、もう幻術は解けてしまいましたか」


 ゆっくりと日比那に笑いかけたのは、彩都を守る鬼狩師の一人、遼炎りょうえんだった。

 血まみれの着物をうっとおしそうに脱ぎ、赤銀色の偽物の髪を地面にぼとりと落とす。蓮と同じような細身の体型で、整った顔をしている遼炎は、口元に薄い笑みを浮かべている。


「あなたは、やはり蓮様には弱いようですね。今まで避けていたようですが、あなたにとって蓮様が特別だということ、わたくし共は知っていましたよ」


 その丁寧な物言いは、やはり良く知る遼炎のもの。

 そして、日比那を取り囲んでいるのは皆、彩都を守る役目を担っていたはずの鬼狩師だった。

 彼らはとっくに髃楼側についていたのだ。

 そして、おそらくは結界の要である日比那の存在が邪魔だった。

 しかし、日比那は弱くない。

 彼らが束になって攻めてきたとしても、簡単に殺されない自信がある。

 だから、日比那にとって特別な存在である蓮の姿を利用したのだろう。

 遼炎は、幻覚術を得意とする鬼狩師だ。

 傷だらけになった蓮の姿を見て冷静さを失った日比那は、まんまとその術中にはまってしまったのだ。


「へぇ……? みんなで、国家転覆でも……狙ってるの?」


 敵に弱味は見せたくない。痛みを押さえながらも、日比那はいつもの笑顔を浮かべた。

 額からは汗が流れ、全身の感覚はもうないに等しいが、このまま気を失う訳にはいかない。

 それに、この連中はかつて彩都で共に働いた仲間たちなのだ。

 日比那が教え、導いた者達の顔も見える。

 日比那が自分のことに囚われていたせいで、間違った方向に進もうとしている彼らに気付けなかった。

 自分が彩都の担当から外されたことも、この計画の邪魔になるからだとすれば、かなりの用意周到さだ。


(いつから髃楼と組んでいた……?)


 冷たい笑みを、遼炎に向ける。

 遼炎の灰色の瞳には、かつて日比那を慕っていた面影は一切なかった。

 しかしどういう訳か、遼炎の方が傷ついたような表情をしている。

 実際、刃物によって腹部に深い傷を受けたのは日比那なのだが、確かに遼遠は痛みを無理矢理隠したように笑っていた。

 本心を隠して笑うのが癖になっていた日比那には、他人の作り笑顔がすぐに分かる。

 遼炎の本心はどこにあるのだろう。

 しかし、それを今言っても仕方がない。

 もう、彩都の鬼狩師は敵に回ってしまったのだ。


「国家の転覆などは考えておりません。これは、皇帝陛下の意思なのです」


 日比那の苦しむ顔に、自分も傷ついたような表情を一瞬見せた遼遠は、目を閉じて落ち着いた声音で言った。


「皇帝陛下……?」


 いくら彩都を守る鬼狩師でも、冥零国一の高貴なるお方には会うことすらできないはずだ。

 日比那も一度だってそのご尊顔を拝見したことがない。

 それなのに、遼炎は皇帝陛下の意思で動いているという。

 国の平和を導くべき尊きお方が、彩都に幽鬼の大群を招き入れようとしている? 信じられるはずがない。

 しかし、皇帝陛下に関することでいえば、華鈴が皇族の血を引いていたことにも驚かされた。

 今の皇帝は、一体どんな人物なのだろう。


「あなたもお会いしたことのある人物ですよ」


 遼遠の言葉に日比那は目を見開く。

 知らない。日比那は皇帝になど会ったことがない。

 確か、今の皇帝陛下の御名は瓏珠ろうしゅ

 名前を思い出しても、記憶に引っかかることはない。


「瓏珠陛下は、あまりこの名前をお気に召してはいない。陛下がよく使われる名は、髃楼ぐろう……」


 その名を聞いて、日比那は笑うしかなかった。

 一連の騒動の中心が、まさか皇帝陛下だったとは。冥零国の民が聞いたら卒倒しそうだ。


「どうしてあんな男の言うことを間に受けちゃうのかなぁ……」


 一度、自分も髃楼の言葉にまんまと引っかかって幽鬼騒動を起こしかけた日比那だが、彩都を幽鬼で襲わせる計画に頷くほどの馬鹿ではない。

 神を知る鬼狩師たちが、そんなに皇帝のことを重要視しているなどとは思わなかった。

 そんなことを思っているうちに、日比那の身体は限界を迎えた。

 刺された傷口が熱を持ってしまったために、全身は燃えるように熱く、笑ったことで流れ出た血がかなりの量に達したからだ。

 このまま自分は暗い死へ堕ちていくのかもしれない。

 それも仕方がない。でも、もっと華鈴の役に立ちたかった。

 自分を光の世界へ戻してくれた華鈴の側で、もっと笑っていたかった……。


(俺、意外とこの世界に執着していたのかもしれないな……)


 もう二度と目を覚ますことはないかもしれない。

 そんな不吉なことを考えながらも、日比那は口元に笑みを浮かべて意識を失った。


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