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幽鬼姫伝説  作者: 奏 舞音
第三章

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第六十六話 結界の崩壊

 バリ――――ンッ!


 凄まじい音と強い衝撃が、朱紅城周辺で彩都を見回っていた日比那を襲った。

 日頃から鍛えているためにかろうじて吹き飛ばされることはなかったが、とっさに自分の周囲に結界を張らなければ危なかったかもしれない。


「何だったんだ……?」


 後ろから声がした。

 振り返れば、今何が起こったのか説明しろ、と言いたげな目をした与乃がこちらを睨んでいる。

 日比那と共に彩都を歩いていた与乃も先程の衝撃波に巻き込まれたのだ。

 傷一つない与乃の姿を見て、日比那はほっと息を吐く。

 もちろん与乃も日比那の結界内にいたので、吹き飛ばされたり、怪我をしたり……なんてことはあるはずないのだが、一瞬で作った結界が完璧に機能したかはやはり不安だった。


「よかった、与乃ちゃんが無事で」

「……な、何だっ! あたしのことはどうでもいいだろ!」


 にっこりと笑いかければ、与乃は分かりやすいぐらいにうろたえた。

 顔を真っ赤にして抗議してくる。

 とても面白い反応だ。

 それに、可愛げのない女の子だと思っていたけれど、ちゃんと可愛いところもあるじゃないか。

 しかし、今はその反応を楽しんでいる状況ではない。

 日比那の首元を飾っている水晶の数珠には、大きな亀裂が入っていた。

 この首飾りは、朱紅城と彩都に張った結界の影響を反映するよう日比那の手で作ったものだ。

 その首飾りが傷つくことは一度もなかった。

 つまり、日比那による朱紅城の結界が破られたことは一度もなかったのだ……今この時までは。


「これは、思ったよりも状況が悪くなりそうだなぁ」

「どういうことだ?」


 与乃の瞳に不安の色が過ぎる。

 日比那としては安心させる言葉をかけてあげたいが、今まで嘘ばかりの世界を見てきた与乃にこれ以上嘘を重ねるのも心苦しい。

 日比那は正直な考えを告げた。


「……朱紅城の結界が完全に壊された。今、外に群がっている幽鬼たちが彩都内に侵入してきたら、きっとここは地獄になる。今から結界を修復しても間に合わないかもしれない……」


 朱紅城の強力な結界が壊された。

 彩都全体に張った結界ももうじきに壊れるだろう。

 日比那の視線の先には、彩都の外で群がる幽鬼の大群があった。

 おそらく、髃楼が幽鬼を集めているのだ。

 その幽鬼たちは、彩都の結界が壊れるのを今か今かと待っている。

 見上げた空は、幽鬼による黒い霧で真っ黒に染まっていた。

 月も星も見ることのできない、完全なる深い闇。

 街はかろうじて赤提灯の灯りで照らされていたが、すべてが闇に包まれるのは時間の問題だろうと思われた。


「大馬鹿者が! 簡単に諦めるな。お前には強い神力があるんだろう?」


 おもいきり日比那の頬をぶって、息を荒げて与乃が怒鳴った。その目は怒りで真っ赤に燃えていた。

 突然のことに一瞬頭が真っ白になった日比那だが、すぐに我に返って吹き出した。


「ふ、ははっ……面白いなぁ。ホント、女の子って強いんだねぇ」

「……な、何がおかしいっ!」


 日比那が腹を抱え笑う度に、身に着けた装飾品がジャラジャラと音を立てる。その様子を見て、与乃は苛立った感情のままに叫んだ。


「今、ここを守れるのはお前だけだろう!」


 華鈴以外には心を開かないのかと思っていたが、この反応を見る限り完全に心を閉じている訳ではなさそうだ。

 もしかしたら、ただ人と関わるのが苦手なだけなのかもしれない。

 そう思って与乃を見ると、わざと冷たい眼差しをこちらに向けているのも、そっけない態度をとっているのも、日比那からしたら攻略したくてたまらなくなる。

 しかし、与乃の前にまずはこの彩都を攻略しなければならない。


「安心してよ、オレは諦めた訳じゃない。ただ、最悪の事態を予測しただけだ。希望はある。冥零国の中心地である彩都がこんな状況だったら、他の鬼狩師も来るだろうし……ここには、幽鬼姫がいる」


 そう言って笑みを浮かべながらも、日比那は薄々感じていた。

 彩都担当の鬼狩師がこの場にいないのに、他の地区の鬼狩師が来る可能性はゼロに近いだろう、と。

 彩都の鬼狩師に何かあったのだ。

 でなければ、冥鈴国最大の守りを誇る朱紅城と彩都が闇の侵入を許すはずがない。

 幽鬼姫である華鈴がいるにしても、幽鬼の数が半端ではない。結界の外側にいる幽鬼たちの数は、どんどん増えていっている。

 その圧力に、結界は完全に押されている。

 朱紅城の結界が破れた時に、彩都の結界も強いダメージを受けていたのだ。

 この彩都に足を踏み入れた時から、結界は歪んでいたのだ。

 もうじきに結界が壊れ、あの数万の幽鬼が押し寄せてくるだろう。


(どうやって切り抜ける?)


 街は依然として静かなままだ。

 髃楼が何かしたのかもしれない。街が混乱に陥っていないのはいいとして、彩都には何十万の人間が住んでいる。その命を幽鬼から守るのは、鬼狩師の務めだ。

 しかし、日比那一人では限界がある。


「なぁ、神力ってどう使えばいいんだ?」


 控えめに、しかし力強い瞳で与乃が言った。

 自分の脳内で作戦を立てては失敗し、を繰り返していた日比那はその一言に固まった。


「……? 何をじっとしている? あんなに幽鬼がいて、お前一人で何ができるんだ。あたしにも、その、少しは神力ってやつがあるんだろう? あたしだって覚悟を決めてついて来た。華鈴の役に立ちたいんだ」


 その真剣な眼差しを受け、日比那は笑みを消した。

 与乃も戦いたいと言っているのだ。神力はそんなに強くないし、ろくにその力を使ったことがないくせに。

 普段の日比那なら、無理だと笑って一蹴したことだろう。

 しかし、今は何故かその申し出が嬉しかった。華鈴を守りたいと同じように願う者だからなのか、単に戦力が欲しかったのか、その覚悟を試したいと思ったのか、自分でも分からなかった。


「わかった。じゃあ、与乃ちゃんには結界の修復を手伝ってもらおうかな」


 彩都の結界は一刻も早く修復しなければならない。もし彩都に侵入を許したとしても、結界を修復することによって幽鬼の力が弱まるはずだからだ。


「この数珠を彩都の東西南北すべての門に置いて来て欲しい。一人で行くのはかなり危険だと思うけど、やってくれる?」


 日比那の問いに、与乃はしっかりと頷いた。

 それを見て、日比那は首飾りをはずし、意外にも小さく細い与乃の手に持たせた。

 与乃はぎゅっと数珠を握り、力強く頷いた。

 与乃は神力で気配を消すことができる。

 だから、もし何かあったとしてもうまく逃げ切れるはずだ。危険人物である髃楼と直接関わらない限り、まだ安全だろう。


「ありがとう。あとはきっと、オレ達でなんとかしてみせる」


 オレ達――蓮のことも含めて日比那は強く言った。


「気をつけろよ」


 ぶっきらぼうに言い放った与乃がいじらしく、可愛くみえて、日比那は薄く笑って軽口を叩いた。


「与乃ちゃんこそ、オレという男がありながら他の男のところに寄り道しちゃダメだからね」

「はあ? あたしとお前は関係ないだろう! やはりお前は幽鬼の餌食にでもなればいいんだ!」


 顔を真っ赤にしながら可愛い捨て台詞を吐き、与乃は背を向けた。

 そして、すぐに走り出す。

 彩都を訪れるのが初めての与乃には大変かもしれないが、どうか成功して欲しい。

 彩都を囲む結界は、彩都の外壁に沿って作られている。その中でも門は人や物の出入りが多く、気が乱れやすい場所なので、特別に強化している。

 つまり、門が結界の要なのだ。東西南北にあるそれぞれの門に日比那の力が込められた数珠を置けば、完全とまでは言えないが、結界は十分機能することができる。


「与乃ちゃん、頼んだよ」


 小さくなる与乃の影を見つめ、日比那も覚悟を決めた。

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