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幽鬼姫伝説  作者: 奏 舞音
第三章

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第六十三話 理解できない感情

「嘘よ。蓮様はあなたなんかよりもはるかに強いもの」


 蓮が死んだなんて信じない。

 死ぬはずがない。

 そんなことあってなるものか。

 華鈴は強く、強く髃楼を睨みつける。

 しかし、髃楼に対する怒りと蓮の死への不安で、華鈴の身体は震えていた。


「本当のことだよ。彼は確かに強い。でも、僕に憎悪を向けた時点で彼の負けは決まっていたんだよ」


 ゆっくりと、しかし確実に髃楼は華鈴を追い詰めていく。

 美しい笑顔で、一歩一歩華鈴へと近づく髃楼。

 背後には、倒れた兵士たち。

 髃楼が、再び彼らに危害を加えるかもしれないと思うと、華鈴はそれ以上後ろへは引けない。


「信じたくないって顔をしているね。どうしてか教えてあげようか?」


 華鈴の鼻先に触れそうなほどに顔を近づけて髃楼が言った。

 その問いに何の反応もせずに口を引き結んでいた華鈴を見て笑い、髃楼は耳元でそっと囁いた。


「凛鳴は、僕の妹なんだよ」


 その言葉は、確かに華鈴の耳に届いた。

 髃楼は、目の前でにっこりと眩しい笑顔を浮かべている。

 しかし、闇を思わせる黒い瞳の奥に一切の光はなかった。

 いつも冷静に敵と対峙する蓮でも、弱みはある。母の仇であり、幽鬼姫の敵である男の血が、自分の中にも流れていると言われれば冷静でいられないだろう。

 それに、母親が兄弟によって殺されたのだという事実は、蓮の心に大きなショックを与えただろう。

 凛鳴は、兄に殺され、幽鬼となって息子に狩られたのだ。

 母に対する愛情と自責の念が、蓮から冷静さを奪ったのかもしれない。

 憎悪の塊である髃楼に対して、怒りや憎しみの感情を向けるということは、それらに呑みこまれる隙を与えるということでもある。

 憎悪に囚われてしまえば、髃楼とまともに戦えるはずがない。

 負の感情が、髃楼に力を与えてしまうのだ。

 人間の心は壊れやすい。

 感情は、すぐに流される。

 人間の弱い部分を利用して、髃楼は今まで幽鬼姫を殺してきた。

 しかし、どうして蒼華大神は髃楼を止めないのだろうか。

 そう考えて、華鈴は気付く。


「……幽鬼姫の護衛として鬼狩師を置いたのは、髃楼からその命を守るため……?」


 華鈴の呟きに、髃楼が腹を抱えて笑い出す。


「あはは、そうだよ。自分の愛する人を奪われた蒼華大神が、幽鬼姫を守るために鬼狩師を育て上げたんだ」


 幽鬼姫は幽鬼を闇から救う。

 しかし、鬼狩師は幽鬼姫が救いたいはずの幽鬼を狩る力を持っていた。

 その矛盾を、華鈴はずっと不思議に思っていた。

 しかし、鬼狩師は本来幽鬼を狩るための存在ではなく、幽鬼を生み出す髃楼から幽鬼姫を守るための存在だったのだ。

 時代が流れ、幽鬼を狩ることと、幽鬼姫を守るという役目だけが残った。

 だから、幽鬼を救う幽鬼姫を鬼狩師が守る、という不思議な関係ができあがったのだ。

 しかし、明らかにおかしいことが一つある。

 初代幽鬼姫の時代から、今の華鈴の時代まで約千年の時は流れている。

 今目の前にいる髃楼が、歴代の幽鬼姫の命を奪うことなど不可能ではないのか。

 しかし、幽鬼姫の力は初代からずっと受け継がれている。

 髃楼も、何らかの形でその存在を残しているのだろうか。

 そうだとしても、髃楼が皇帝の地位にいることを、蒼華大神が黙ってみているとは思えない。

 初代皇帝は蒼華大神だと言っていた。

 守護神の血を引いているからこそ、皇族の血は尊いものとされているのだ。

 何故、蒼華大神は華鈴に髃楼のことを任せたのだろう。

 髃楼は今まで幽鬼姫の命を奪ってきた。妹として生まれた凛鳴の命も。

 そして、今は娘である華鈴の命も奪おうとしている。

 蒼華大神は、髃楼が幽鬼姫に執着していることを知っていた。

 その上で、蓮のところに仕事を持って来た。

 華鈴に詳しいことは教えてくれずに。


「僕はね、生まれ変わったんだよ。それも蒼華大神のおかげでね」


 そう言って、髃楼はにやりと笑った。


「どういう意味?」


 問う声は震えていた。

 蒼華大神が華鈴や蓮に任せなければならない事情が、そこにある気がした。


「そのままの意味だよ。蘭華を殺した僕を、蒼華大神は深い憎しみをもって殺そうとした。そう、神が個人的な感情で一人の人間にすべての力を向けたんだ。復讐心に囚われてね。そうしたら、どうなると思う? 僕の中にあった蘭華と蒼華大神への憎しみが混ざり合って、僕の魂は蘭華、いや、〈幽鬼姫〉への恨みだけを糧に生き続けることになった。ははは、滑稽だと思わないか? 殺したい相手を永遠の存在にしたんだ。そのおかげで、新たに生まれてくる幽鬼姫も、僕の手によって殺されてさぁ……笑えるだろう?」


 黒く、どこまでも深い闇を映す瞳が心底楽しそうにきらめき、髃楼はその美しい顔を悦楽に歪めていた。


「笑えないわ……笑えるはずないじゃない!」


 愛する者を奪われれば、神であろうと冷静ではいられない。

 蒼華大神の髃楼への憎しみは、その強大な力は、殺したいと思ってしまった復讐心は、髃楼の魂を永遠に現世にとどめることになってしまった。

 愛する者は死んで、もうこの世界には存在しないのに、殺したくて憎み、恨んだ相手は幽鬼と共に生きている。

 それも、愛した〈幽鬼姫〉の命を次々と奪いながら。

 蒼華大神は自分を責めたことだろう。

 神である自分が何の手出しもしなければ、何もしなくとも髃楼は寿命を迎えて死んでいたのに。

 だから、蒼華大神は髃楼に直接手を下そうとしないのだ。

 また、同じように髃楼を憎む心が暴走し、取り返しのつかない事態を招いたりしないように。


(だから、私と蓮様に……)


 闇を救うことができる〈幽鬼姫〉と、幽鬼を狩ることができる鬼狩師。

 髃楼の存在は闇そのものだ。

 髃楼を救うも、殺すも、華鈴と蓮ならばできると思ったのだろう。

 蒼華大神は、〈幽鬼姫〉の願いを知っている。

 だから、髃楼という闇を救おうとした幽鬼姫の想いも大切にしたいと思っている。

 しかし一方で、愛する者を奪われた悲しみと憎しみ、恨みは簡単に消えやしない。

 そして、蒼華大神と同じように、鬼狩師である蓮も髃楼に大切な母を奪われた。

 殺したいという気持ちはまだ残っている。

 髃楼をどうするか。

 その判断を、蒼華大神は華鈴と蓮に委ねたのだ。


「でも、私には分からない……初代幽鬼姫がこの男を救いたいと願う気持ち……」


 髃楼は、人の命を簡単に奪う。

 苦しんでいる幽鬼たちを見て美しいと笑う。

 人の大切なものを壊して、楽しいと言う。

 今まで、華鈴は幽鬼たちの気持ちに共感し、救いたいと強く思ったから彼らを光の世界へ送ることができた。

 しかし、髃楼の気持ちが華鈴には理解できない。


「さあ、お喋りはもうおしまいだ。せっかく〈幽鬼姫〉が遊びに来てくれたんだ。しっかりおもてなししないとね」


 髃楼が腕につけた呪具に息を吹きかけると、黒い邪気と共に幽鬼が大量に溢れ出してきた。

 どれほどの人間の魂を彼が奪ってきたのかが、その幽鬼の数で分かる。

 その幽鬼たち皆が戸惑い、苦しみ、嘆いている。

 そして、髃楼はその迷いを憎しみや恨みに変換させ、幽鬼を狂わせた。


「幽鬼たちの大好きな幽鬼姫だよ」


 その言葉を合図に、生み出された数百の幽鬼が華鈴を取り囲む。

 すぐに視界は真っ黒になり、流れ込んでくる幽鬼たちの記憶と悲しみ、恨みに呑みこまれそうになる。

 幽鬼姫は幽鬼の声を聴く分、その心に同調しやすい。

 それに、今は華鈴の心には迷いや不安が生まれている。

 髃楼が父親であったこと、蓮は死んだという言葉、歴代の幽鬼姫たちの死の真相、幽鬼姫と鬼狩師の関係、蒼華大神の罪――そして、目の前の髃楼とどう向き合うべきなのか。

 様々な問題が一度に華鈴に降りかかってきて、さすがにもう一人では抱え込めなかった。

 強くなろうとした。強く在りたいと思った。

 諦めたくない。それでも、もう一人では立っていられない。

 悲しくて、苦しくて、どうしたらいいのと心が叫ぶ。

 華鈴の感情に引き寄せられるように、幽鬼の憎悪や悲しみの声が華鈴を襲う。


 ――あぁ憎い。どうして殺されなければならなかったの? 恨めしい。もう、嫌だ。痛くて、苦しいのは。悲しい。許さない。どうして。こんなにも愛しているのに……憎い。憎くてたまらない。怖い。自分が、消えてしまうのが………………みんな、いなくなればいい。死にたくなかった。殺してやる。死ねばいい。死ね。憎い憎い憎い……苦しい――


 様々な感情が混ざり合って、華鈴の心中でせめぎ合う。

 髃楼は、幽鬼姫である華鈴を幽鬼が傷つけることができない分、心を責めているのだ。

 意識の遠い場所で、そう理解しているのに、感情は思い通りにはいかない。

 幽鬼の悲しみと、憎しみに、どんどん華鈴は侵されていった。

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