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幽鬼姫伝説  作者: 奏 舞音
第三章

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第六十二話 男の正体


「あーあ、つまんないなぁ。どうしてやめさせたの? あのまま殺し合ってくれたら、きっと何人かは素敵な幽鬼になってたかもしれないのに……」


 ふふっという笑い声が陽煌殿から聞こえてきた。

 髃楼の声だ。

 そう思い陽煌殿に顔を向けると、やはりそこには髃楼がいた。

 闇色の着物を着流した髃楼が、陽煌殿から広場への階段をゆっくりと降りてくる。

 さらさらと長い黒髪が流れるように地面を伝う。

 その姿は禍々しい邪気を放ちながらも、神々しい光を纏っていて、悔しいくらいに美しかった。

 華鈴は、髃楼から目を逸らすことができない。


「ようこそ、幽鬼姫。僕の宮殿、僕の都へ」


 異質な存在感を放ちながら、髃楼は両手を広げてみせた。

 薄々、頭のどこかで予想はしていたが、やはり現実として受け入れることは難しい。

 だから、華鈴は馬鹿な問いかけだと思いながらも、問う。

 どんなことがあっても、決して負けないようにぐっと拳を握り、覚悟を決める。


「あなたは、何者なの?」


 華鈴の真っ直ぐな視線を受けて、髃楼はにこやかに、そしてもったいぶるようにゆくりと言葉を紡ぐ。


「僕は、冥零国皇帝、瓏珠ろうしゅ。そして、君の本当の父親だ」


 髃楼の言葉を聞いて、華鈴は息をのむ。

 覚悟はしていたはずなのに、認めたくなかった。

 本当に、自分の父親なのだろうか。

 胡群の村で、両親にまったく似ていないと村人たちに言われていたことは知っている。

 だからこそ、華鈴の存在は気味悪がられていた。

 しかし、人を人とも思わず、幽鬼の悲しみを助長させて楽しんでいるような男が、自分の本当の父親だなんて。

 共通点といえば、黒髪と黒い瞳、そして、月光に輝く白い肌。

 見た目だけは、華鈴は父親の特徴を受け継いでいた。

 父とも呼びたくない、そんな男と似ていることに嫌悪感さえ覚えた。

 それに、自分は今まで父親に命を狙われていたことになる。

 理由はきっと、華鈴が幽鬼姫だったからなのだろう。

 だが、今は父親であることも皇帝であることも考えないようにする。

 髃楼に動揺したことを悟られてはいけない。

 それに、華鈴にとっては蓮のことの方が気がかりだ。

 無事でいてくれるとは思うが、髃楼が皇帝であったのなら、彩都が静まり返っていたのはただの偶然ではないだろう。

 髃楼は何かを企んでいる。

 華鈴一人で止められるのだろうか。

 蓮が側にいないなんて初めてで、不安な気持ちは確かにある。

 それでも、華鈴を幽鬼姫だと認めてくれる蓮や日比那のために、自分は強く在らねばならない。


「なぁんだ。あんまり驚かないんだね。本当につまらない娘だ。そうだ、僕からの贈り物はどうだった? そのまま闇の中に堕ちてくれてもよかったんだけどね」


「私は、あなたの思い通りにはならないわ」


 泣き虫で、誰かに頼るだけだった華鈴はもういない。

 華鈴を大切に思ってくれる人がいてくれるから、一人でも髃楼に立ち向かうことができる。


「へぇ、僕の望みを知っているの?」


 髃楼が試すように笑う。その瞳はどこまでも暗く、深い憎悪を映していた。

 髃楼の闇に反応してか、髃楼が呪具で呼び出したのか、その背後から幽鬼がわらわらと現れた。

 苦しくて、哀しい負の感情に捉われた幽鬼たちが、髃楼に縛られて歪んだ叫び声を上げる。


「えぇ。幽鬼姫を強く思い過ぎて、壊れてしまったあなたを止めるために私はここにいる」


 華鈴は髃楼を真っ直ぐ見据えて言った。

 幽鬼たちの悲しみが、華鈴に伝わってくる。

 それでも、本気であることを伝えるために髃楼から目をそらさなかった。

 そんな華鈴を見て、髃楼は鼻で笑った。


「止める? この僕を? 無理だよ。君は今までの幽鬼姫の中で一番弱い。身体も、心もね」


 そう言って、髃楼は現れた数十体の幽鬼たちを愛おしそうに見つめる。


「美しいだろう。幽鬼は、悲しみに満ちたこの世界を憎み、破壊する存在だ。希望や幸せなんて、一瞬で闇に変わる。幽鬼は、そのことを一番よく分かっている。だからこそ、絶望を詠う。幽鬼姫である君も、もうすぐそうなる」


 髃楼の合図で、幽鬼たちが一斉に華鈴に襲いかかった。

 しかし、華鈴に触れる直前で幽鬼たちの動きは鈍くなる。

 びくっと身体を引いた幽鬼たちに、華鈴の方から手を伸ばす。


「もう、苦しまないで……」


 幽鬼に触れた華鈴の白い肌は光を放ち、目に浮かぶ涙は幽鬼の荒ぶる憎悪を鎮めた。


「やっぱり幽鬼姫を殺すなら、人間の手に限るね」


 すべての幽鬼が光へと還り、髃楼が溜息を吐いた。

 しかし、それは落胆しているというよりも、分かり切った事実を確かめただけのようだった。

 そんな髃楼の様子を見て、華鈴の中に恐ろしい可能性が浮かび上がってきた。

 初代幽鬼姫である蘭華は、髃楼が人間たちをけしかけたせいで追い詰められた。

 そして、蓮の母である凛鳴も。


「……今まで、どれだけ幽鬼姫を殺したの?」


 問う声は震えていた。

 華鈴の問いに、顔色ひとつ変えず、髃楼はむしろ嬉しそうに美しい顔を歪めた。

 そして、華鈴の目の前まで近づいて、もったいぶるように言った。


「君を含めれば、全員だ」


 華鈴は息を呑む。

 髃楼が死に追いやったのは、初代幽鬼姫だけではなかったのだ。

 歴代の幽鬼姫の死には、髃楼が関わっていた。


「凛鳴様、も……あなたが?」

「そうだよ。人間を幽鬼で襲わせ、その幽鬼を救う凛鳴の姿を見せれば、頭が固い人間は幽鬼姫を幽鬼の親玉だと勘違いする」


 楽しそうに、髃楼が語る。

 華鈴は、幽鬼となった凛鳴を狩ることになった蓮のことを思い出す。

 守りたかった母を、自分の手にかけた。

 自分を責め、力を求めて幽鬼を狩り続けた。

 自分のことを顧みず、ただただ最強であり続けた。

 もうこれ以上守りたいものを失わないように。


「その息子が、蓮様がどんな気持ちで凛鳴様を狩ったかも知らないでっ……!」


 溢れ出る涙にも構わず、華鈴は思い切り叫び、髃楼を殴るために手を振り上げた。

 しかし、その手はあっさり封じられ、突き飛ばされる。

 勢いよく地面にぶつかり、華鈴は痛みに顔をしかめる。


「いいねぇ、そういう顔が見たかったんだ。そうだ、その蓮とやらのことを一つ教えてあげよう」


 そう言って、髃楼は幽鬼を生み出し、その幽鬼の身体から見覚えのある大鎌を取り出した。


「……そんな、嘘。何故、あなたがそれを……」


 華鈴の足元に転がってきたものは、蓮の鎌だった。

 力強く、美しい龍が描かれた大鎌には、蓮の強い魂が、神力が宿っている。

 その大鎌が、傷だらけの状態で目の前に転がっている。

 蓮の武器である鎌はいつも強い輝きを放っていたのに、今はその輝きが失われている。

 持ち主の神力によって状態が変わるという特殊な大鎌は、傷だらけの蓮の姿を連想させた。

 華鈴は言葉を失って、じっと大鎌を見つめる。


「弱い幽鬼姫を助けたいと願った憐れな鬼狩師は、この僕の手によって無様に散って行ったよ。凛鳴のようにね」


 とても楽しそうに髃楼は笑う。

 きらきらと眩しいその光は、どす黒い闇を好んでいた。

 髃楼の光は、本当の光ではない。闇をも吸収してすべてを飲み込んでしまう危険な光だ。


「蓮様は、どこにいるの?」


 蓮が髃楼に負けるはずがない。

 華鈴は立ち上がり、毅然とした態度で髃楼を見つめる。

 決して動じていないのだと伝えるために。


「ふふ、死んだよ」


 心底楽しそうに笑いながら髃楼が言った。

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