第六十一話 城内の戦闘
朱紅城の中に一歩足を踏み入れると、見える景色は一変した。
外からだと何事もない、平和な城内だったのに、中に入ると何十人もの兵士達が斬り合い、血を流すという光景が広がっていた。
血を流しながら倒れている者が何人もいる。
誰も助けようとしない。
いや、助ける余裕などないのだ。
そうしている間に自分が斬られてしまうから。
「な、何……これは……どういう……?」
目の前の光景が信じられない。
本来ならば皇帝を守るはずの兵士たちが、あろうことか皇帝の住む朱紅城で血を流すなど。
それに、この場所は皇帝陛下への拝謁のための広場だ。
政務のための陽煌殿の前で、兵士同士が争う異常さに華鈴は言葉を失う。
(髃楼……あなたは何がしたいの?)
これはすべて髃楼によるものだろう。
しかし、一体何のために?
「ぐぅあああああ……!」
兵士たちの苦し気な叫び声が、華鈴の耳に届く。
仲間同士で争い、斬り合い、血を流す。兵士たちが望んだ訳ではないのに。
髃楼の目的を考えるのは後だ。このままではいけない。兵士たちを止めなければ……。
兵士の数は、約五十人。
倒れている者も、死んではいないようだ。
仮にも兵士、鍛えられているのだろう。
華鈴がこの混乱した兵士たち相手に何が出来るのか分からないが、やるしかない。これ以上、髃楼の手の平の上で転がされたくなかった。
「剣を、下ろしなさい! こんなこと、もうやめて!」
今までに出したことのない大声で、華鈴は叫ぶ。
しかし、誰も華鈴の声を聞きはしない。戦闘は、止まらない。
「やめて! もう、やめなさい!」
近くにいた兵士が華鈴に気づく。
その目は虚ろで、焦点が定まっていない。
意識もあるのかないのか分からない。
鎧の音がかちゃりと響いたかと思うと、すぐ目の前には彼の刃が迫っていた。
斬られる、そう思った時……目の前は闇に包まれた。痛みは襲ってこない。
『……ユ、鬼……ヒメ』
華鈴の視界を覆っていた暗闇が薄れると、華鈴の周囲にはここにはいない、いてはいけないはずの幽鬼たちがいた。
何故、結界の中に入ることが出来たのだろう。
華鈴は目を丸くして自分を守ってくれた幽鬼たちを見る。でも、今はそんなことを考えている場合ではない。
華鈴一人では難しかったが、幽鬼たちが居てくれれば、この戦闘を止められる。
《兵士たちを全員気絶させなさい!》
髃楼に何らかの形で操られているのなら、その意識を奪えばいい。
幽鬼たちに力加減が出来ることを信じて、華鈴は言霊を使う。
華鈴の命令通りに、幽鬼たちはすぐに兵士たちに向かっていった。
恐ろしい幽鬼を相手にして、生きる屍のようになっている兵士たちは恐怖心さえないらしい。
何の感情も表に出さずに、ただ血を求めて戦っている。
しかし、ようやくこの戦闘に終わりが見えてきた。
兵士の半分以上が幽鬼たちによって気絶したのだ。
倒れた兵士たち一人一人の無事を確かめながら、華鈴はそれを確認する。
「よかった、みんな生きてる」
兵士たちが広場に倒れているという異様な光景ではあるが、朱紅城にようやく静けさが戻った。




