第五十六話 残された側
蓮の後ろ姿を見送ることしかできず、日比那はいまだ苦しむ華鈴を見つめる。
「オレの時は、華鈴ちゃんが助けてくれたのに……ごめんね。オレに力が足りないばっかりに」
日比那は、自分の首にかけていた術具である数珠を華鈴に持たせる。
少しは、気の流れがましになるだろう、と信じて。
「はあ…………蓮一人に負わせる訳にはいかないだろう。それにしても、よくまあ面倒事がこんなにも一度に転がってくるよね」
大きく溜息を吐き、逃げようとする雄清を術で捕らえる。
「お前はただでは帰さないよ。わかるよね?」
にっこりと黒い笑みを浮かべれば、雄清は悲鳴を上げた。蓮がいなくなったから逃げられるとでも思ったのだろうか。その悲鳴を受けて、今度は与乃が目を覚ます。
「……か、華鈴は? 無事なのか?」
「無事でないと困るよ。ほんと、誰のせいだと思ってるのかな」
「……すまない。私が、弱かったばっかりに」
「そう思うなら、少し手伝ってくれない? 君、一応神力はあるんだから」
「華鈴を刺したあたしに……? 信じて、くれるのか?」
「あぁそうだよ、与乃ちゃんにオレは頼んでる。自分のしたことを心から後悔しているなら……華鈴ちゃんを本当に友人だと思うなら、だけど。やるの? やらないの?」
「やる! 私にも、手伝わせてほしい!」
与乃は即答した。与乃自身、現実を受け入れることは難しいはずだ。
村がすでに滅び、自分が騙されて利用されていたなんて。
それでも、与乃は華鈴を傷つけてしまったことに深い罪悪感を感じている。
華鈴の純粋な優しさに触れ、本当の友人になりたいと思わないはずがない。
そんな風に考えてしまうのは、日比那自身、華鈴に救われて心から側にいたいと思っているからだろう。
一言でいえば、昔の自分と、与乃の姿が重なったのだ。
だから、日比那は怯えたような瞳でこちらを見る与乃に優しくほほ笑んだ。
華鈴もきっと、信じようとするだろうから。
「それにオレだってねぇ、蓮みたいに万能じゃないんだよね。これだけ立て続けに術を使ってたらさすがにきつくてね……ずっと結界を張るのも限界だ」
じわり、と額に汗がうかぶのを感じる。そろそろ、負担が大きく、神力がもちそうにない。
「あたしは、何をすればいい?」
「とりあえず、そこの馬鹿を柱に縛り付けてくれるかな?」
華鈴の側を離れないために、術で雄清を縛っていたが、物理的に縄でしばってしまえばその分消耗しなくて済む。
それに、今は術で縛っているから、女性の与乃でも簡単に雄清を縛ることができるだろう。
日比那は自分の帯に巻いていた飾り紐を与乃に渡す。
「これは、神力を込めて使えば、威力を増す術具だよ」
何かあった時に備えて、日比那は数々の術具を持ち歩いている。
弱い神力だとしても作用するようにできているから、与乃にも使えるはずだ。
もし使えなくても、縛ることはできる。神力を使っている時と拘束力は比べられないが。
「わかった」
力強く頷き、与乃は雄清を自分の帯を使って柱にきつく縛り上げる。
そこには今回の恨みが込められていたため、雄清は痛い痛いとうるさく呻いていた。
そんな叫びは無視して、与乃はしっかりと神力を込めて縛ってくれた。上出来だ。
きっと、与乃も力の使い方を学べば、良い術師になるだろう。日比那は薄く笑みを浮かべる。
「華鈴ちゃん、早く目を覚ましてよ。あの馬鹿が、早まった真似をする前に」
華鈴の手を握って、日比那は祈る。
こんなことしかできない自分が情けなくて、笑えてきた。




