第五十二話 闇に囚われた幽鬼姫
殺せ、殺せ! 殺すんだ……!
この子は、生まれてはいけない子だ――――……。
やめて。お願いだから。もう、それ以上何も言わないで。
華鈴は、恐ろしい夢の中にいた。
これは、華鈴がずっと封じていた幼い頃の記憶。
「……あなた、どうしましょう……あの子は、華鈴はやはり闇の者を引き寄せてしまうわ。この場所にいることが知られたら……」
「心配ない。彩都からこの胡群まではずっと離れている。こんな山奥まで兵士が来るはずがないよ」
「でも……村の人たちは私たちを追い出そうとしている……華鈴のことだって、怪しんでる……やっぱり、私たちの子じゃないことが……」
「やめるんだ! 華鈴は、私たちの子だ。そして、命に代えても守らなければならない存在だ」
「えぇ、えぇ……そうね。そうよね……」
母は不安そうに泣き、父はそんな母を優しくなだめていた。
いつだったか、華鈴は偶然二人の会話を聞いてしまった。
まだ幼かった華鈴には詳しい内容は理解できなかったが、自分が両親の本当の子どもではないことは分かった。
本当の子どもではないのに、両親は華鈴のために苦しんでいる。
華鈴が、優しい二人を苦しめている。
その現実に耐えられなくて、華鈴はこの事実を忘れることにした。
記憶の奥底に閉じ込めて、二人の子であろうとした。
しかし、心のどこかに罪の意識はずっとあった。
二人は、自分の子ではない華鈴のために生贄になり、命を落としたのだ。
華鈴は真実を知っていたことを隠して、なかったことにして、平気な顔をして二人の前で生きていたのに。
それでも、二人は華鈴を我が子として愛してくれていた。
これ以上ないぐらいの優しく、あたたかな愛情で。
『華鈴、お母様ね、あなたの笑顔が大好きよ。どこにいても、あなたが何者でも、愛しているわ』
『華鈴ならできる。何てったって私の子だからな。自信を持つんだぞ』
二人の魂が天に昇る時、華鈴に優しく言葉をかけてくれた。
二人は、華鈴が何者か知っていたのかもしれない。
普通の子ではないと知っていながら、愛してくれた。
自分は死んだ方がいい、生きる資格などない、華鈴は罪意識からいつもそう思っていた。
しかし、それは二人の愛を否定することになる。
二人の想いを否定することになる。
両親の愛で、華鈴は今まで生きてきた。
それに、今はもう独りではない。
華鈴には側にいたい大切な人たちがいる。
蓮や日比那の側に帰りたい。居場所のなかった華鈴にも、ようやく笑っていられる居場所ができた。存在してはいけないと言われていた華鈴を受け入れてくれる、優しい人たちがいる。
生きていてもいいんだ、心からそう思えた。
だから、今なら過去を受け入れられる。
そして、真実を知った上で、自分は二人の子どもなのだと胸を張って言える。
すべてを受け入れる覚悟はもう、できている。
だから、大切な人たちのもとへ。そう願うのに、華鈴の意識はいまだ闇に囚われている。
……お前のせいで死んだんだ!
殺してやる。
そして、華鈴の死を願う、村人たちの怨念に押しつぶされそうになる。
「嫌だ、やめて……! 私は、蓮様のところへ帰りたいっ!」
どうして。どうして。この闇から抜け出せない。
幽鬼姫である自分が、何故、闇に囚われてしまっている。
華鈴は混乱して、ますます自分の力をうまく使えない。
ここは、一体どこなのか。
この闇は、きっと日比那の時と同じだ。原
因となる呪具があるはず。
どこか冷静な部分では分かっているのに、人型をとった怨念にまとわりつかれ、襲われそうになって何も考えられなくなる。
嫌だ、こんなところで死にたくない。
必死で抵抗して、怨念から逃げる。
しかし、逃げ場などどこにもうない。恐怖に支配される。
「蓮様、蓮様っ。助けてください……っ!」
しかし、呪具の闇に囚われた華鈴の声は、どこにも届かない。




