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幽鬼姫伝説  作者: 奏 舞音
第三章

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第五十話 幽鬼が集まる屋敷


 香亜村は人口百人程の小さな村だ。

 元々豊かな土地で、作物もよく育っていたということもあり、農場や飼育場があちこちにあった。入ってすぐ民家が密集して立ち並んでいたが、人の気配は全くない。村人たちは何かを作らされていると言っていた。どこか一か所に集められているのかもしれない。


「そういえば、香亜村って渼陽びよう地区なの?」


 人気のない村の中を与乃の案内で歩いていると、ふと日比那が思い出したように言った。

 渼陽といえば、胡群や蘇陵が含まれる冥鈴国北部にある地区のことだ。

 彩都がある南部一帯は、暁朱ぎょうしゅ地区と呼ばれている。

 彩都にも蘇陵にも近い位置にある香亜村はどの地区にあたるのか、言われてみれば華鈴も気になった。


「どの地区でもない。こんな小さな村のことを気にかけるよそ者なんていないんだ」


 豊かだった故にすべてが自給自足で成り立ち、香亜村はかなり閉鎖的な村だという。

 しかし閉鎖的と言っても胡群の村とは違い、たまに来る村に迷い込んできた旅人へのもてなしは丁重にするし、村の外で商売だって行っていた。

 しかし村人が仕事以外で香亜村を出ていくことはない。

 誰も、村での生活に不満を持っていなかったから。

 しかし、いつしか立ち寄る旅人もいなくなり、香亜村の存在は都に住む人々に忘れ去られてしまった。

 そして、数年前の皇帝代替わりの際、地図から消えてしまった。


「そっか~、聞き覚えがない訳だ。こんな大問題が起きているのに、担当の鬼狩師は何してんだって思ってたけど、もしかしたらここには担当がいなかったのかもね」


 鬼狩師は、自分の担当区域内で仕事を行う。

 幽鬼を滅し、神が闇に堕ちないよう、見張り、守るのが鬼狩師の務めだ。

 幽鬼姫である華鈴の前では大人しい幽鬼だが、その本質は闇だ。

 恨み、憎悪の感情のままに人を襲う。

 そんな幽鬼から今まで人々を守ってきたのは鬼狩師なのだ。

 村を幽鬼に支配されているにも関わらず、放置していたら鬼狩師として最悪の失態となる。

 日比那はそのことを考えていたのだろう。


「鬼狩師? なんだそれは」


 眉間にしわを寄せ、不審そうな目で与乃が日比那を見つめた。

 与乃のためにと日比那が鬼狩師について簡単に説明したのだが、日比那が言うとますます胡散臭く聞こえるのは何故だろう。は? という顔をして見つめる与乃のことは完全に無視して、日比那は楽しそうに語る。


「という訳で、オレたち鬼狩師は幽鬼という闇の存在からみんなを守る救世主みたいなものなんだよ」

「……お前は実質クビになっているがな」


 爽やかな笑顔を浮かべて語っていた日比那だが、蓮の一言で表情が固まった。

 日比那は皇族の住む彩都を守る鬼狩師で、鬼狩師の中でもかなり上の地位にいたのだが、先日の一件で彩都の担当から降ろされてしまったのだ。


「……で、でもさ、彩都なんて暇過ぎてつまんなかったし。今は華鈴ちゃんと一緒にいられるからそれでいいも~ん!」

「あ、ありがとうございます」


 日比那のふざけた物言いにまともに付き合っていたのは華鈴ぐらいだろう。

 二人は軽口を叩く日比那に冷めた目を向けていた。

 一緒にいたいと思われていることは素直に嬉しかったし、華鈴も日比那のことをもっと知りたいと思っていたから、こうして笑っていられることが幸せだと思う。


「ったく、気を引き締めろ」


 思わず表情が緩んでいた華鈴の頭に、軽く蓮の拳が乗せられた。


「……は、はい!」


 そう、村の入り口にいた幽鬼がいなくなっただけで、問題はまだ何も解決していないのだ。

 しかし、村の中をずっと歩いているが、一人の村人とも、支配しているという幽鬼にさえ出会わない。

 ふと与乃を見てみると、口を堅く結び、何かを考え込んでいる様子だった。

 華鈴は心配になって声をかけようとしたが、近くで感じる強い闇の気配に意識がそれた。


「あのお屋敷、他のところよりも霧が濃いですね」

「……村長の屋敷だ。あそこに、みんないると思う」


 濃い霧に包まれた大きな屋敷を示す華鈴に、与乃が静かに言った。

 香亜村の中心にあるその屋敷は高い塀に囲まれており、外からでは中の様子を伺うことができない。

 霧に包まれている、というよりも屋敷から霧が生み出されているようにも見える。

 おそらく、門をくぐれば数十もの幽鬼がいるに違いない。

 村人たちは無事なのだろうか。嫌でも緊張感が高まる。


「与乃さんは、ここで待っていてください」


 屋敷正面の立派な門構えの前に来て、華鈴は言った。

 この先、何が起こるか分からない。

 与乃を一緒に連れていくのは躊躇われた。

 それに、さっきから与乃の表情は強張っている。


「何言ってんの? これは、あたしの村の問題だ。一緒に行く」


 しかし、与乃は引き下がらなかった。


「ほら、さっさと行こう!」

「でも……」


 渋る華鈴は、半ば与乃に無理矢理手を引かれるようにして屋敷の敷地内へ足を踏み入れた。


 敷地内には、思っていた以上の数の幽鬼がいた。

 広い庭を埋め尽くすほどの幽鬼の集団に出迎えられ、蓮がにやりと笑ったのを華鈴は見逃さなかった。


「三十、いやそれ以上はいそうだな」


 と、楽しそうに言った蓮は肩に軽く乗せていた鎌を幽鬼たちに向けた。

 どうやら、まだ暴れ足りなかったらしい。

 華鈴と共に来た幽鬼たちも、操られている幽鬼に向き合っている。

 華鈴が幽鬼たちに蓮を守るように命じたことに、蓮は少し、いや、かなり不満そうだった。

 しかし、これだけの数の幽鬼を一人で相手にするのはさすがの蓮でも厳しいだろうと思ったのだ。

 それに、華鈴は蓮に傷ついてほしくない。


「こっちは巻き込まないでね〜」


 そう言って、日比那はさっさと華鈴たちの周りに結界を張り始める。

 日比那の首や腕につけられた装飾品は、すべて特別な力を持つ術具で、華鈴にはよく分からないが、それらを使って日比那は強力な結界を作り上げた。

 日比那は、結界術に長けた鬼狩師だ。

 その腕が蒼華大神に認められ、皇族の住む彩都を守っていた。

 彩都が平和で、幽鬼の被害がなかったのは、日比那の結界のおかげなのだ。

 彩都は暇でつまらないと言っていたが、それは自分の結界のせいでもある。

 しかし、幽鬼が人間を襲うことがないよう人一倍気を張っていたのは、他でもない日比那のはずだ。

 だからこそ、絶対的な護りの力を身につけた。

 今は無期限の謹慎処分となっているが、もし彩都に何かあればすぐにでも日比那は呼び戻されるだろう。


「蓮様、大丈夫でしょうか……」

「あぁ、蓮は大丈夫だよ! 十分暴れさせてあげて」


 蓮は一人、結界の外で幽鬼たちに囲まれている。

 そして不敵に笑ったかと思うと、取り囲んだ幽鬼たちを次々に倒していく。

 的確に、赤い呪具だけを狙って。

 華鈴たちの出る幕は全くないように思えた。

 幽鬼たちもただただ、蓮の強さに圧倒されている。

 日比那が作る完璧な結界の中には、幽鬼の放つ黒い霧や邪気はもちろん、神力を持つ蓮の鎌さえをも通さない。

 外とは隔離された結界の中にいると、目の前で起きている戦闘もどこか遠くに感じられる。


「あの男、本当に強かったんだな……」


 たった一人で幽鬼を倒している蓮を見て、与乃は驚いたように呟いた。


「はい。蓮様は強くて、優しい方です」


 いくら数が多かろうと、蓮には関係ない。

 大きな鎌を自在に操り、軽々と幽鬼の攻撃をかわす。

 銀の研ぎ澄まされた刃と堂々たる龍とともに、美しい赤銀色の髪が華麗に舞う。

 その姿はまるで踊っているようで、華鈴は蓮の心配をするよりもその美しさに見入ってしまっていた。


「……体力馬鹿なだけだと思うけどね」


 ボソッと呟いた日比那の声は、華鈴の耳には入らなかった。


「終わったぞ」


 蓮のその一言で、日比那の結界は解かれた。

 先ほどまで恨みを吐き散らしていた三十数体もの幽鬼は、すべて地面に倒れている。

 さすがの蓮も体力を消耗したのか、少しだけ息が上がっていた。


「蓮様、大丈夫ですか?」


 華鈴はすぐに蓮の無事を確かめる。

 多少着物が破れているが、怪我はないようだった。

 それもそのはず……蓮は一度も幽鬼たちの攻撃を受けていないのだ。

 地面には、赤い欠片がきらきらと輝いている。幽鬼を操っていた、呪具の欠片だ。


「心配いらない。それより、村人を探すぞ」


 蓮はそう言って安心させるように華鈴の頭に大きな手を置いた。

 優しい温もりに、自然と頬が緩む。


「はいっ!」


 戦闘能力に優れた蓮と、結界術に優れた日比那がいてくれる。

 きっと、このまま誰も傷つけることなく村を救うことができる。何もかもうまくいく。そう華鈴は心から信じていた。


 屋敷の中から現れた人物を見るまでは――――。

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