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幽鬼姫伝説  作者: 奏 舞音
第三章

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第四十九話 幽鬼に支配された村

「ここが、あたしの村だ」


 香亜村周囲を囲むように、何十体もの幽鬼が立っている。

 幽鬼が纏う黒い霧のせいで、外からでは村の内部の様子を見ることができない。

 少し離れた位置から観察していた華鈴は、その幽鬼の数に事態の深刻さを改めて感じていた。


「あの幽鬼たちが人を襲ったことはないのですか?」

「もちろんあるさ。でも、死人は出ていない」


 華鈴の隣で、村を囲む幽鬼を恨めし気に見つめながら与乃は言った。

 それを聞いて、華鈴はほっと息を吐く。

 誰も死んでいない。幽鬼は誰も殺していない。

 それだけは、幽鬼を操っている男に感謝したいと華鈴は思う。


「村のみなさんを安心させてあげましょう」


 与乃ににっこり笑いかけ、華鈴は真っ直ぐに村の入り口へと足を踏み出す。

 何体かの幽鬼が華鈴に気づき、近づいてきた。

 蓮と日比那が華鈴を庇うように前に出る。


「大丈夫ですから。下がっていてください」


 そう言ったものの、次々と幽鬼が来てしまって何十もの幽鬼に三人共囲まれてしまった。

 怨念の塊である幽鬼は、怒りと憎しみに満ちている。

 しかしその負の感情に自らも苦しんでいる。

 だからこそ、幽鬼の顔は醜く歪んでいるのだ。

 華鈴は取り囲む幽鬼の苦悩に歪んだ恐ろしい顔を見て、とても悲しい気持ちになる。

 もう、ここにいる幽鬼たちを苦しみから解放してあげたい。

 しかし、幽鬼たちは外から来る人間たちを敵だと認識しているのか、華鈴たちを襲おうと一斉に拳を振り上げた。


《やめなさい!》


 華鈴が叫ぶと、幽鬼たちの動きはぴたりと止まった……が、次の瞬間不自然な動きをし始めた。

 身体を痙攣させ、ぎこちない動きで華鈴から離れようとしている。


『……ユ、き姫……たすけ…テ……』


 華鈴はかすかだが、助けを求める幽鬼の声を聞いた。

 止まって、こっちに来なさい、華鈴がそう言っても、幽鬼たちは止まらない。

 何故、言霊の力が効かないのだろう。

 確かに、幽鬼たちに華鈴の声は届いているはずなのに。


「華鈴ちゃん、あれ見て」


 日比那にそう言われ、華鈴は離れていく幽鬼をじっと見つめた。

 そして気づく。

 幽鬼たちの体に赤い石が光っていることに。


「日比那さんがつけていた腕輪と同じ、ですね」

「あれで幽鬼を操っているみたいだね」


 自嘲気味に日比那は笑い、自分の頭をくしゃくしゃとかいた。

 じゃらり、とその腕につけた赤や黄色の腕輪がぶつかり音を奏でた。

 あの時の腕輪は跡形もなく消えてしまったが、日比那の中にはまだ悔しさと罪意識が残っている。


「だとすれば、ここに髃楼がいるかもしれないな。まぁ、もしいなくてもこの件に髃楼が関わっていることは間違いないだろう。華鈴について来て正解だったな」


 大きな鎌を肩に乗せ、蓮はにやりと笑った。

 いつ見ても、大鎌に彫られた龍は生き生きとして、美しい。

 龍神といわれる蒼華大神より賜ったという、神力を込められる武器。

 大鎌からは、蓮の研ぎ澄まされた気を感じる。

 それをかまえる蓮がまたかっこよくて、華鈴は思わず見惚れていた。


「で、あの赤い石を壊せばいいんだよな?」


 華鈴が蓮の言葉に頷いた直後、ビュンと一瞬強い風が横切った。


「……え?」


 と、華鈴が間抜けな声を出した次の瞬間には、幽鬼に向かって大きな鎌を楽しそうに振り回す蓮の姿が見えた。

 あっという間にバタバタと幽鬼たちが蓮に倒されていく。

 何となく蓮が楽しそうに見えるのは華鈴の気のせいだろうか。

 同じようにその様子を見ていた日比那は、堪えきれずに吹き出した。


「ふははっ……蓮、そんなに苛々してたの? あ、華鈴ちゃんに相手にしてもらえなかったからかな~」


 にやにやしながら、日比那が蓮をからかうように笑った。

 冷たい眼差しの蓮に見つめられるだけで泣きたくなったり、胸がどきどきして耐え切れなくなる華鈴にとっては、蓮相手にこんな言動ができる日比那がすごいと常々思う。


「うるせぇ。お前は黙ってろ!」


 ぎろり、と日比那を睨みつけ、蓮が華鈴に向き合った。


「……言っておくが、滅してはいないからな」


 華鈴は幽鬼姫として、幽鬼を救いたい。

 だから、幽鬼を滅さないでほしいと蓮と日比那には頼んでいた。

 幽鬼を滅することは、幽鬼の魂を救うことにはつながらない。

 ただ怨念を抱えたままその存在を完全にこの世から消してしまうことだ。

 怨念でありながら実態を持ち、人を襲う幽鬼に対して、人々を救うためには滅するしかない。

 しかし、その魂は恨みを抱えたまま、光をみることなく消えていく。

 幽鬼のとなった魂を光へと還すことができるのは、幽鬼姫だけだ。

 せめて、華鈴の目の前にいる幽鬼たちだけは、滅することなく光へと還したい。

 だから、鬼狩師の彼らに対して無茶なお願いだと分かっていながら、華鈴は滅さないでほしいと頼んでいた。

 蓮は的確に赤い石の部分だけを鎌で破壊していた。

 強く縛りつけられていた力から解放されたせいか幽鬼は倒れた状態から動かないが、滅された訳ではないようだった。


(蓮様、ちゃんと覚えていてくれた……)


 華鈴はほっと息を吐く。

 蓮は怒ったら怖いし、目つきは鋭いし、仏頂面だしで怯えてしまうことも多いが、本当に優しくて、いつも華鈴を支え、導いてくれる。

 蓮がいてくれるからこそ華鈴は自信を持って前を向くことができるのだ。


「はい、ありがとうございます」


 胸が熱くなり、泣きそうになりながらも、蓮にこの気持ちが伝わればいい。

 そう思い、華鈴が笑いかけると、ふいっと顔を背けられてしまった。

 蓮に限って照れているなんてことはありえないだろう。

 もしかしたら、華鈴が甘えたことばかりを言うから怒っているのだろうか。

 蓮の機嫌をこれ以上損ねてもいけない、と華鈴は倒れている幽鬼に近づいた。

 この状況をなんとかしなければ、ゆっくりと蓮と話もできない。

 

「やはり、これが原因のようですね……」


 幽鬼の側に落ちていた赤い石の欠片を拾い、手の平に乗せる。

 一瞬華鈴に反応して淡く光ったかと思うと、赤い欠片は跡形もなく砕け散った。


「えぇっ!?」

「さすが幽鬼姫だな」


 欠片が突然砕けたことに驚いてよろけた華鈴を、蓮が後ろから支えて小さく笑う。


「これは、闇の力を込めた呪具だ。華鈴に触れたことで浄化されたんだろう。俺たちが神力を込めたとしても、完全な浄化はできない」

「蓮なら力を抑えることはできそうだけどね。でもホントに華鈴ちゃんすごいよ。だんだん幽鬼姫としての力のコントロールがうまくなってるんじゃない?」


 日比那も、華鈴を見てにっこり笑う。


「そ、そうでしょうか。それなら、いいんですけど」


 今まで幽鬼に関わった経験で、華鈴が救いたいと思うほどに自分の内側にある力が高まっているのは感じている。

 きっと、幽鬼姫の力は華鈴の想いに呼応するものなのだ。

 そして、幽鬼と接してきたことで華鈴はより幽鬼の気を肌で感じることができるようになった。

 まだまだ幽鬼姫としては未熟だが、少しでも力になれていたら嬉しい。


「自信を持て。華鈴はよくやっている」

「そうだよ。呪具を一瞬で粉々にしちゃうなんてすごいことだよ」


 蓮と日比那はそう言って優しく笑いかけてくれて、二人に認められている、ということを華鈴は改めて感じた。


「華鈴……」


 後ろの物陰から様子を見ていた与乃が、華鈴にそっと声をかける。

 幽鬼が倒れたのを見て、もう大丈夫だと思って出てきたのだろう。


「本当に、ありがとう」


 そう言って、与乃は華鈴の手を取った。

 そして、幽鬼の闇を光へと還したその美しい手を自分の頬へと当て、涙を流した。

 華鈴はびっくりしたが、そのまま与乃のしたいようにさせていた。

 この手を振りほどいてしまったら、与乃が壊れてしまいそうだったから。


「与乃さんは、もう一人じゃありません」


 華鈴は優しく与乃に笑いかける。

 ずっと、不安だったのだろう。

 幽鬼に支配された村で、与乃はずっと一人で耐えてきたのだ。

 みなを救いたいと思いながらも、何もできずに生きていたのだ。

 与乃の気持ちは、華鈴にはよく分かった。

 誰にも理解されず、一人でいることは辛く、苦しい。

 誰にも話を聞いてもらえず、誰にも分かってもらえない。

 胡群の村での生活は、本当に苦しかった。

 それでも、村を出て行こうとは思わなかったし、村を捨てようとも思わなかった。

 そこにしか居場所がなかったから。


「ありがとう、ありがとう……」


 与乃は、ただそれだけを繰り返していた。

 そして、蓮と日比那が黙って二人を見守っていた。


「……ごめん、村に入ろうか」


 少し罰が悪そうに与乃が言った。

 ふっきれたような与乃の表情を見て、華鈴はもう大丈夫だろう、と華鈴は頷いた。

 出入り口にいた数十体の幽鬼がいなくなったせいか、村を取り囲んでいた深く重い闇は少しだけ軽くなった気がする。

 そうは言っても、村まだ中に邪気は漂っているし、昼間だというのにかなり暗い。

 華鈴の言葉には~い! と明るく返事をしてついて来る日比那と、何故か睨み合っている蓮と与乃、忠実な幽鬼たちを連れて、華鈴は香亜村に足を踏み入れた。


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