第四話 疎まれた存在
背の高い青年の後ろを華鈴は怯えながら歩いていた。
彼は、あれから一言も言葉を発さない。
沈黙が重くて、華鈴はひたすら謝っていたが、その度に恐ろしく美しい碧の瞳に睨まれて声を発せなくなった。
青年は、軽々と大きな鎌を持ち、赤銀色の長い髪を揺らしながら歩く。
スラリとした長身で、均整のとれた体つき。華鈴は自然と見惚れていた。濃紺色の着物には蓮の花模様の刺繍が入っていて、彼によく似合っている。
その美しい姿を見て、華鈴は羨ましいと思った。
華鈴は、綺麗な着物なんて着たことがなかったし、着たいとも思わなかった。
村長がくれた比較的上等な着物も、村人に見つかれば、泥まみれにされた。
だから、いつも華鈴はボロボロの着物を着て、少しでも村人の反感を買わないように地味に生きようとした。
しかし、華鈴は誰の目から見ても美しい娘だった。
いくらボロを纏ってもその美しさを損なうことはない。
艶やかな黒髪と闇を映したような漆黒の瞳、滑らかな白い肌。
華鈴の人間離れした美しさを、村人たちが恐れていたことを華鈴は知らない。たとえ美しいものでも、あまりに美し過ぎるものは、かえって醜さを浮き彫りにする。
村人たちは華鈴の存在によって自分たちの醜さを思い知らされ、それを認めたくないが故に華鈴を自分たちと同じような人間に貶めようとしていた。
しかし、華鈴は村人に何をされても抵抗も怒りも見せず、黙って耐えていた。
憎しみを抱くどころか、自分を責めていた。
両親は華鈴を守るために死んだ。
災いの元凶たる自分が村人から忌み嫌われるのは仕方のないことだ、と。
村での生活を思い出すと、本当にこのまま青年について行っていいものか不安になる。
華鈴が誰かと一緒にいて何もなかったことなんて一度もない。
祖父の後の村長は華鈴の両親と親しかったため華鈴のことをできる範囲で守ってくれたが、他の村人たちはそうではなかった。
華鈴がいたから幽鬼に襲われたとか、一緒にいるだけで不幸になるとか、病気になるとか、怪我をしたとか、大人だけでなく子どもまでもが華鈴の存在を疎んでいた。
実際、村から一歩も出たことがない華鈴が幽鬼に襲われる村人を見たことはないが、外に出て襲われた村人は襲われる直前華鈴と一緒にいた人だった。
それも、華鈴を肥溜に落としたり、石を投げつけたり、と華鈴をいじめていた者ばかり。
怪我をしていた人は華鈴に何かしようと仕掛けている途中に不注意で転んだのだが、華鈴のせいだと言い張る。
病気になった者も同じく、華鈴を池に突き落とした時に自分も落ちて風邪を引いたことを華鈴のせいにしていた。
それでも、そんなことに気づかない華鈴は自分のせいで村人が不幸になったのだと感じていた。
――自分はやはり生きていてはいけない存在なのではないだろうか。
村人たちの言葉をそのまま受け入れてしまう華鈴は、いつも自分の存在に疑問を持っていた。
誰かを不幸にすることしかできないのなら、いない方がいいに決まっている。
両親が死んだのも、元は華鈴のせいだ。
――生きているだけで、皆に迷惑をかけているのでは?
そう思うと、足は止まっていた。
青年の背中が遠ざかる。
下を向くと、涙が零れた。
雪の積もった山道に、青年の足跡だけが刻まれていく。
華鈴はいつもこうだ。
両親が泣きながら華鈴を抱きしめてくれた時、何か強い覚悟をしていることに気付いていたのに呼び止めることもできなかった。
いつも立ち止まって下を向くことしかできない。
後ろを振り返れば、後悔が積み重なっている。
でも、どうすればいいのだろう。
この足を一歩踏み出せば、変わることができるのだろうか。
白い地面の上に立つ自分の頼りない足をじっと見つめ、そんなことを思う。
「……ったく、めんどくせぇ」
ふいに舌打ちが聞こえたかと思うと、華鈴の身体は宙に浮いていた。
しかし、落ちる気配はない。
青年に抱きかかえられたのだ。
「お前のペースに合わせてたら日が暮れる」
空を見ると、どんよりした雲は闇に染まりつつあった。
もうすぐ、夜が来る。
一体どこに行くつもりなのだろう。
これからどこに行くのかも、青年と山神様との関係も、鬼狩師とは何なのかも、青年の名前すらまだ教えてもらっていない。
目的地に着いたら教えてくれるだろうか。
しかし、青年は華鈴のことをよく思っていない。というか、華鈴に対して好意的だったのは両親と祖父だけで、みんなもう華鈴の側にはいない。
村人たちのように華鈴に近づかないのが普通の反応なのだ。
青年だって面倒だと言っていたし、今も不機嫌そうな顔でなんだかピリピリしている。
それなのに何故、抱きかかえられた腕はこんなにも優しく暖かいのだろう。
自然と、華鈴の意識は夢の中に落ちていく。
一日中泣きどおし歩きどおしで、もう体力も気力も限界だった。