第四十七話 神力を持つ娘
「あの、私たちかなり怪しいと思うんですけど……怖くはないのですか?」
先ほどまで蓮や日比那に脅されていたというのに、目の前の与乃と名乗った女性は怖がる素振りを全く見せずに村へ来いと言った。
大きな鎌を持っている目つきが悪い男と、装飾品をジャラジャラつけて胡散臭い笑顔を浮かべている男、さらには人々が怖れる幽鬼を連れて歩いている少女相手に。
華鈴は信じられない気持ちで与乃を見つめる。
肩まである黒髪、勝気そうな紺色の瞳を持った彼女は、華鈴よりも背が高く、体つきもしっかりしていた。
薄汚れた着物を着ていても、出るところは出て引き締まるところは引き締まっている美しい体つきだということが一目で分かる。
「怖いさ。あんた以外はね」
そう言って、与乃は華鈴の後ろにいる蓮たちに視線を向けた。
確かに、怖いはずだ。
蓮はまだ与乃を警戒して睨み続けているし、日比那は笑顔で彼女を威嚇している。
極めつけは、集団で負のオーラを放つ幽鬼たち。
華鈴たちは、髃楼を探すために彩都へ向かう途中、渼陽地区に幽鬼が集まっているという噂を耳にした。
もちろん、幽鬼姫である華鈴がその噂を放っておけるはずもなく、広い渼陽地区を勇気の気配を感じるままに歩いていけば、何十という幽鬼に遭遇した。
そして、その幽鬼たちはみんな華鈴の側にいたがった。
浄化することも考えたが、華鈴の側にいて少しでも癒しがあるのなら、強制的に浄化するのではなく、自然に光へと還そうと思った。
その結果、華鈴は必然的に幽鬼の集団を連れて歩くことになってしまった。
「では、どうして?」
「あんたたちなら、あたしの村を壊してくれるんじゃないかと思ったからさ」
淡々と言ったその言葉を、華鈴はすぐには理解できなかった。
自分の村を壊して欲しい、確かに与乃はそう言った。
後ろには、村を幽鬼に滅茶苦茶にされた日比那がいる。
彼の目の前で、そんな言葉を吐いて欲しくなかった。
しかし、与乃にも与乃の事情があるはずだ。自分の村を破壊したくなるほどの何かが。
「与乃さん、お話を聞かせてもらえませんか? あなたの村に行くかは話を聞いてから考えます」
華鈴が落ち着いた声でそう告げると、与乃は素直に頷いた。
「おい待て。そんな女に付き合っている暇はないだろう」
蓮はかなり苛立っているようだった。
怪しい女から守ろうとしたのに逆に自分が悪者扱いされ、その何者か分からない女の話を真剣に華鈴が聞いているのだから、蓮が怒るのも仕方ない。
「これも、私の意志です。それに、話を聞くぐらいの時間はあるはずです」
華鈴が強くそう言えば、蓮は難しい顔をしながらも頷いた。
髃楼が彩都のどこにいるかも分からないのだ。
少しくらい話を聞いて行っても問題はないだろう。
「……分かった。俺も付き合おう」
その言葉を聞いて、華鈴はほっと息を吐く。
「華鈴ちゃんって、ホントお人好しだよね~」
ずっと成り行きを見守っていた日比那が、にこにこと笑いながら言った。
その言葉に反対の意思が感じられなかったので、日比那も納得してくれたのだと華鈴は解釈することにする。
「あたしの村は今、幽鬼に支配されている……」
自分の無力さを呪っているような、悔しげな表情で与乃は言葉を紡いだ。
与乃のこの言葉を聞いて、蓮と日比那の目の色が変わった。
これは、素通りしていい問題ではない。
華鈴も、これには驚きを隠せなかった。
負の感情で動く幽鬼が、人を襲わずに支配するなど信じられない。
「幽鬼に、襲われたのではなく、”支配”されているのですか……?」
華鈴の問いかけに、与乃は迷わず頷いた。
与乃が村を壊して欲しいと言ったのは、村が幽鬼に支配されていたからだったのだ。
その裏には、村を幽鬼の支配から解放して欲しいという願いがあるはずだ。
華鈴は幽鬼姫だ、そのための力を持っている。与乃の村を救いたい。
「あんたの後ろにいる幽鬼は、人を襲ったりしないのか?」
「えぇ。そんなことは、絶対にさせません」
華鈴は力強く頷いた。
「じゃあ、あんたも幽鬼を操ることができるのか……そうなれば、やはりあの男も幽鬼を……」
後半は与乃の独り言のようだったが、華鈴にははっきりと聞き取ることができた。信じられない。
幽鬼姫である華鈴以外にも、幽鬼を操れる者がいる?
髃楼の存在が頭をかすめた。
しかし、髃楼が彩都にいる、と教えてくれたのは蒼華大神だ。
冥零国一の神に見えないものはきっとない。
だとすれば、幽鬼を操っているというその男は誰なのか。
そして、一体どうやって幽鬼を操っているのだろう。
「幽鬼は、どうやって村を支配してるの?」
華鈴が混乱した頭の中で必死に考えていると、日比那の能天気な声が聞こえてきた。
相変わらず、その顔には笑顔が浮かんでいる。
しかし、その瞳は真剣そのものだった。
「………」
一瞬、日比那に視線を向けた与乃だが、お前に話はないとでも言いたげな顔をして、すぐに華鈴に向き直った。
日比那の質問には答えない、という意思の表れだろう。
先ほど蓮と一緒に日比那が与乃にしたことを思えば当然の反応かもしれない。
仕方なく、華鈴はもう一度日比那と同じ質問をする。
「あの、幽鬼はどうやって村を支配しているんですか?」
「……村人たちは、幽鬼に脅されて訳の分からない物をずっと作らされてる。村を出ようと思っても、幽鬼が出入り口を見張っていて、出られないんだ」
「だが、お前は今こうして村を出ている」
蓮が厳しい目つきで与乃を見た。
まだ、与乃に対する警戒心を解いた訳ではないようだ。
「あたしは、他のみんなとは少し違う」
そう言った与乃を見ても、華鈴には普通の女性にしか見えない。
一体何が違うというのだろう。
華鈴の視線に気づいたのか、与乃は少し自嘲気味に笑った後、その答えを口にした。
「あたしは、一度死んでるんだ」
その言葉を聞いて、華鈴、蓮、日比那の三人は顔を見合わせた。
どこからどう見ても、与乃は生きた人間にしか見えない。
しかし、彼女は一度死んだはずなのだという。
「幽鬼に殺されたはずだったんだ。でも、私は何故か生きていた……それで、目が覚めたら村は幽鬼に支配されてて、村人たちもみんな変わってしまった。あたしも、今までとは違う人間になった……」
与乃は、目覚めた時から自分の中に不思議な力を感じるようになった。
幽鬼の禍々しい気配も感じられ、自分の気配を消すことができるというのだ。
だから、与乃は華鈴たちの後をつけていた。
絶対に見つかるはずがないという確信を持っていたから。
「でも、私には与乃さんが普通の人間に見えるのですが……」
まじまじと与乃を見つめても、どこもおかしなところはない。
死んだことがあるなんて思えないほど、肌の艶もいいし、瞳も輝いていて、生命力に溢れている。
「ははは、あたしが普通? そんなことある訳がないだろ」
華鈴は至って真面目に言ったのに、与乃は腹を抱えて楽しそうに笑い出してしまった。
その様子に呆気にとられていると、蓮が難しい顔をして近づいてきた。
「お前は死んではいない。魂が抜けかけただけだろう。普通なら死んでいただろうがな……」
「うん。もしかしたら、神力が少なからずあったのかもね」
蓮の言葉に同意を示し、日比那は与乃に笑いかけた。
その笑顔はいつものふざけたものではなく、哀情を含んだ切なげな笑みだった。
日比那は、神力を持っていたせいでたった一人生き残ることになった。
しかし、神力を持っていたからこそ、今こうして笑っていられる。
冥零国は、神々に守られた国だ。
そこに生きる人間たちは、知らず知らずのうちに神々の影響を受けて生きている。
そして、中には守護する神々の影響を強く受け、神力を持って生まれてくる人間がいる。
蓮も日比那も、その神力が強かったために神に選ばれ鬼狩師となった。
普通なら死んでいた状況で与乃の魂がつなぎとめられたのは、神力を持っていたからではないか、と二人は考えているようだ。
確かに、それならば不思議な力を持ったことにも納得できる。
死にかけたことをきっかけに神力が強まり、普通の人間にはない力を感じられるようになった。
幽鬼に対しても、おそらく有効だったのだろう。
しかし、当の本人は神力と言われてもピンとこないようで、馬鹿げた話だと聞き流しているようだった。
「とにかく、与乃さんの村へ行って確かめてみましょう……!」
幽鬼を操る人間の存在は放ってはおけない。
もしかしたら、髃楼への手がかりもあるかもしれない。
華鈴はそう思い、にっこり笑って与乃の手を取った。




