第四十六話 異様な光景
渼陽地区のとある山の中を奇妙な一団が歩いていた。
大きな鎌を持った目つきの悪い青年と、派手な出で立ちで笑顔を浮かべた青年、昼間なのに暗い闇を背負った幽鬼たちを率いているのは、小柄で華奢な少女だ。
少女を守るようにして両側に青年が、後ろには幽鬼がついている。
二十以上の幽鬼が黙って付き従っている光景は異様としか言えないが、少女も青年たちも気にする様子はない。
「あの、このまま蘇陵に入ってもいいのでしょうか……?」
もうすぐ、山のふもとに着こうかという時、少女の可愛らしい声が響いた。
このまま人の大勢いる蘇陵の街へ入ってしまえば、確実に目立つ。
その上、人々の恐怖の対象である幽鬼が集団で現れれば、街を襲いにきたのかと思われてしまうだろう。
「蘇陵の街は通らず、深紅山を越えていく」
鎌を持った青年が落ち着いた声音で答える。
深紅山とは皇族の陵墓がある神聖な山で、一般人は入ることができない。
その深紅山を越える、と簡単に言ってのけた青年は只者ではないのだろう。
「結界の中を通った方が彩都には早く着けるだろうしね~」
黄色の長衣を着て、装飾品が目に痛い青年が笑いながら言った。
どうやらこの一行は冥零国の都、彩都へ行くらしい。
少女の後ろに控えている幽鬼は物言わず、ただじっとその様子を見守っていた。
「ついて来ちゃった幽鬼たち、どうしましょうか」
「結界に幽鬼が入ることはできない」
「そうですよね。でも、私の力になりたいって言ってくれているんですけど……」
ちらちらと後ろにいる幽鬼たちを見て、寂しそうに少女は言った。
恐ろしい形相の幽鬼を相手にして、少女には怯えの感情も怖れの感情もないようだった。いかにも軟弱で弱々しい娘であるように見えるのに、案外肝は据わっているのかもしれない。
そうでなければ、この個性豊かな面々を率いることなどできないだろう。
この怪しい集団の様子を物陰からじっと観察していた与乃は、小さく笑みをこぼした。
この得体の知れない人間たちを捕まえてしまえば、自分の力が本物なのだと証明することができるかもしれない、ふとそう思ったのだ。
――――しかし。
「……その前に、後ろの奴をどうするか考えないとな」
シュッという音が聞こえたかと思うと、いつの間にか与乃の目の前には磨き上げられた銀色の刃があった。
腰を抜かした与乃は、それが先ほどまで観察していた青年の鎌だと理解するのに、少しの時間が必要だった。
与乃は、少女や青年らと数十歩も離れた場所から見ていたのだ。
絶対にばれるはずがない。そう確信していたのに。
どうしてこの場所が見つかったのか信じられない。
驚きのあまり目を見開いたまま口をパクパクさせる与乃と、鎌を持つ青年の目が合う。
つまらないものを見るような、そんな目つき。
それは与乃を厄介者扱いする村人のものと同じに思えて、腹の底から怒りが込み上げてきた。
「この女、さっきからずっと俺たちの後をつけていた」
「あ、やっぱり蓮も気づいてた?」
「当たり前だ」
与乃の首に鎌を突き付けたまま、普通に会話をしている青年たちを見て、さらに与乃の怒りは増していった。
鎌を持っている青年は蓮、という名らしい。
近くで見れば、目の前の青年は男のくせになんとも美しい顔立ちをしている。
その完璧に整った顔を苦痛で歪めてやりたい。
そして、この命を奪われるか否か、という緊迫した空気の中で無神経にも爽やかな笑顔を浮かべる派手な男にも虫唾が走る。
少し落ち着きを取り戻した与乃は、心の中で散々悪態を吐き散らす。
「……ちょ、ちょっと、お二人とも! 何してるんですか!」
異常な青年二人とは違って、与乃の隠れていた場所に着くのが少し遅れた少女は、若い娘に鎌を向けている状況を見て顔を真っ青にして叫んだ。
「いや、しかしだな……」
「でもね、華鈴ちゃん」
そうして何か言いかける二人を睨みつけ、少女は言った。
《今すぐその人から離れなさい!》
ぶわっと強い圧力が空気を支配したかと思えば、与乃の目の前から二人の青年はいなくなっていた。
その姿を探せば、少女の一歩後ろに転がっていた。
一瞬の出来事にあっけにとられ、先ほどまで与乃を支配していた怒りは消えていた。
「本当に、申し訳ありませんでした。大丈夫ですか?」
透き通るような柔らかな声に視線を向ければ、色白の肌に大きな黒い瞳を持った可愛らしい少女の、心配そうな顔が目の前にあった。
あまりの可憐さに言葉を失い、ただただその少女を見つめていると、その大きな瞳から涙が零れ落ちた。
「……怖い思いをさせてしまって、本当に、本当にすみませんでした! あの、お詫びに私ができることは何でもします!」
与乃が言葉を発さないのは、恐怖のせいだと思われてしまったらしい。
あまりに純粋で可憐な少女に、何度も頭を下げさせていることが、なんだかとても悪いことのような気がしてくる。
大丈夫だと告げなければ……だが、そうするとこの少女は目の前から去ってしまうだろう。
何故だかわからないが、目の前の少女は与乃にはじめてもたらされた希望の光のように感じられた。
この少女はあの幽鬼にでさえ裏表のない笑顔を向けていた。
そのあり得ない光景に目を奪われ、気が付いたら少女たちの後をつけていた。
そうして影から見ているうちに、少し、ほんの少しだけ邪な考えが浮かんでしまっていた……。
「お前がそんなに頭を下げることはない。この女は俺たちに何かしようとしていたんだ」
少し乱れた赤銀色の髪を手ぐしで直しながら、蓮が言った。
「そうだよ、華鈴ちゃん。オレたちは華鈴ちゃんに何かあったらいけないと思って……」
おそらく日比那という名であろう胡散臭い笑顔の青年が、蓮に続いて少女に訴える。
目の前の少女の名は華鈴というらしい。
その名の通り、華のように可憐で美しく、鈴の音のように透き通った可愛らしい声を持つ。
「私はなんともありません。それに、この方が私たちに一体何をしようというのですか? 力で人を脅すなど、お二人にはしてほしくありませんでした」
目に涙を溜めて華鈴が訴えれば、二人は罰が悪そうに、しかし素直に謝罪の言葉を口にした。
この少女は、幽鬼だけでなく、この二人の青年までをも虜にしているようだ。
もちろん、与乃の心ももう華鈴に奪われていた。
この少女の側にいたい。離れたくないと強く思うのだ。
今まで他者に執着したことなどなかったのに。
華鈴を引き留めたくて、自分を見て欲しくて、与乃は自然とこんな言葉を口にしていた。
「……あんたたち、これから彩都に行くんだろう? あたしの村に寄ってかないか?」




