第四十四話 花火と祈り
蒼龍祭最終日。
三日間も寝てしまったせいで、あっという間に祭りが終わりを迎えることになってしまった。
青い色に染まった蘇陵の街も、今日で見納めだと思うとなんだかさみしい。
華鈴は蓮にもらった簪を挿し、日比那が見立ててくれた薄紫色の着物を着て、丁寧に化粧を施し、腕輪や耳飾りなどの装飾品で着飾っていた。
といっても、華鈴を着飾ってみたいという日比那に半ば無理矢理やられてしまったのだが、初めての化粧で気分が高揚しているのも確かだった。
今まで、着飾りたくても村人の目を気にして自分を着飾ったことはなかったから。
「華鈴ちゃん、やっぱり可愛いね」
「そんな、日比那さんのおかげです。でも、女性の化粧ができるなんてすごいですね」
「こいつは女たちの気を引くのがうまいからな。他にも色々と特技があるぞ」
確かに日比那のような整った顔立ちで女性たちが喜ぶような特技を持っていれば、すぐに仲良くなれるだろう。
男性だけでなく女性とも親交を深められるなんてすごい、と素直に関心していたのに、蓮の言葉に何か違う意味を感じたのか、日比那は誤魔化すように笑った。
「ま、まぁね。でも勘違いしないでね、華鈴ちゃん。オレは健全な付き合いしかしてないからね」
「そうか、あれで健全なのか」
「蓮、ちょっとうるさいよ。最終日の踊り子は今までで一番美しいんだから」
内容はよく分からないが、あまり深く追求しない方がよさそうだ、と華鈴は目の前の踊り子の舞に集中する。
日比那が言うように、最終日の舞は二日目に見たものとまるで違っていた。
二日前の舞が生命力を表現した力強い舞だったのに対し、最終日はすべての怒りや悲しみを鎮めるような優しく美しい舞だった。
静かで、心が現れるような清らかな舞。
華鈴は見れば見るほどに、耳に心地よい音楽を聞けば聞くほどに目の前の舞に心を奪われていた。
それは華鈴だけではなく、この広場に集まった全員がそうだった。蓮以外は。
「本当に美しかったですね!」
五人の美女たちが一礼し、奏者も下がってから、華鈴は興奮気味に言った。
「青い布がまるで意志を持っているように踊り子の動きに合わせて漂って、あぁ、本当に美しい舞でしたね」
「うんうん、あの見えるか見えないかっていうギリギリの布地がたまらないよねぇ」
「いえ、あの、日比那さん? そういう意味じゃないんですけど……」
「馬鹿だろ、お前」
日比那に笑われてばかりで悔しかったのか、蓮がかなり楽しそうに笑っている。
しかしそれは蓮と親しい人だけが分かる表情の変化で、他人から見れば不敵な笑みに見えるだろう。
「蓮様は、ちゃんと見てましたか?」
踊り子の舞が終わったことで場所を移動する人の波にもまれながら、華鈴は蓮に問う。
これから、蒼龍祭の終わりを告げる花火が上がるのだ。
「あぁ。一応見ていたが、毎年同じような舞だからそんなに感動するものでもない」
「そんな! 蓮様も酷いですよ」
「違うよ、華鈴ちゃん。蓮はね、華鈴ちゃんが可愛すぎて踊り子なんか眼中になかっただけだよ。舞の最中も華鈴ちゃんばっかり見てたからね」
「は? 日比那お前何言ってんだ!」
日比那の言葉を否定する蓮は、少し焦っているように見えた。
(少しは私のことも気にしてくれてるのかな……)
自然と赤く、熱くなる頬を両手で押さえ、日比那と蓮が何やら言い合いを続けているのを見つめていた。その内容な頭がぼうっとして入ってこない。
そのうち、夜空に大きな花火が打ちあがり、人々の歓声と拍手に包まれる。
言い合っていた二人も、いつの間にか花火を見上げて笑っていた。
赤や黄色、緑、青、様々な色の花が夜空に咲く。
その光に照らされる蓮の横顔を見上げていると、ふいにその碧の瞳と目が合った。
そして、優しく目を細められた瞬間、華鈴が抑え込んでいた感情にも花が咲いた。
「……蓮様、好きです」
小さく呟いたその言葉は、大きな花火の音にかき消された。
ずっとくすぶっていた、華鈴の心に芽生えた想い。
蓮とともに過ごし、蓮のことを知れば知るほどに、この想いは大きくなる。
蓮は不思議そうな顔をして華鈴を見つめていたが、まだこの気持ちを蓮に伝える気はなかった。
今まで通り、鬼狩師として側にいて欲しいから。
幽鬼姫と鬼狩師としての関係から少しは前に進みたいと思うが、今はまだこのままでいい。
咲いたばかりの恋心をゆっくりと育てていきたいのだ。
空に打ちあがる花火を見上げながら、そして蓮や日比那を見つめて、華鈴はにっこりと微笑んでいた。
幾千もの花が夜空に咲き、ついに蒼龍祭が終わりを告げた。
明日からはまた新しい一年が始まる。
「蒼龍祭、無事に終わってよかったですね!」
「あぁ」
「え、これで無事?」
蓮に吹っ飛ばされたのか、日比那の衣服は土にまみれてボロボロだった。
しかし、そんな日比那の姿を見て華鈴ははっと気が付く。
「日比那さん、泥がついててもかっこいいです! むしろ、目に痛い色の服を着ているよりも今の方が……」
蓮とはタイプが違うが、日比那も十分かっこいい。
だから、そんなに衣服を派手にしなくてもそのままでいい、という意味で言ったのだが、日比那は抗議の声を上げる。
「ちょ、え? 華鈴ちゃん、それフォローになってない!」
日比那の悲しい叫びが人々のざわめきの中に消えていった。
そして、なんだかおかしくなって三人で笑い合う。
友人と祭りに来て、舞を観て、花火を見て、みんなで笑い合って。
自分にはできないと思っていた、友人と過ごす楽しい時間を、今華鈴は過ごしている。
(新年も、みんなで楽しく過ごせますように)
今回の一件の裏には、幽鬼が蒼龍祭の行われている蘇陵に集まることを予見し、日比那に呪具を渡した具術師 髃楼がいた。
蒼華大神の命もあり、これからは髃楼を捕らえるために動かなければならない。
こんな風に三人でゆっくり過ごせるのは、次はいつになるか分からない。
「また、みんなで一緒にお祭りに来ましょうね!」
祭りじゃなくてもいい。ただ、また三人で会う約束が欲しかった。
華鈴の思いを知ってか知らずか、蓮と日比那は頷いた。
「あぁ、今度は仕事抜きでな」
「もちろん。その時はまたオレに華鈴ちゃんを着飾らせてよ」
胸の中に不安や迷いはあるけれど、今はこの答えを聞けただけで嬉しかった。
この先何があっても、こうして楽しく笑い合う幸せな時間を守りたい。
そのためなら、華鈴はどんなことでもしてみせる。
どんなものにも負けたりしない。
自分の弱さを理由に、諦めたりしない。
謎の男の助言などなくても、華鈴は強さを手にしてみせる。




