第四十三話 謎の具術師
「今回は、オレのせいでいろいろと迷惑かけてごめんね」
日比那が申し訳なさそうに言う。華鈴は日比那を責めるつもりはないが、あの闇の力を放っていた腕輪のことは気になった。
「いえ、日比那さんが無事で何よりです。でも、あの腕輪はどうしたんですか?」
「あれは、具術師の髃楼にもらったんだ。幽鬼をおびき出して倒すことができる代物だって言われてね」
「髃楼……? 聞いたことがないな」
具術師の名を聞いて、蓮が眉を寄せた。
日比名を利用して深紅山を闇に染めようとしたその男は、一体何者なのだろうか。
一瞬、華鈴を幽鬼姫だと知って近づいて来た男のことが思い出されたが、日比那の笑い声に掴みかけた面影は消えてしまった。
「彩都の裏事情に詳しい奴なら誰でも一度は聞いたことがある名前だよ。ま、蓮は以外と真面目だから知らなくても無理はないね」
からかうように日比那が笑うと、蓮の鋭い視線がその笑顔に向けられる。
また二人の言い合いが始まる、と華鈴が覚悟した時――。
ぼふっとあたりが白い霧に包まれた。
まさか……と思った華鈴の目の前には、蒼華大神様がにっこりと笑って座っていた。
「先ほど、髃楼という名が聞こえたが」
突然現れた蒼華大神に驚いているのは華鈴だけだった。
蓮と日比那はようやく来たか、という落ち着いた態度で蒼華大神を見ていた。
「あぁ、確かに言った」
「なら話は早い。そいつを捕まえてくれるかのぅ?」
白い髭を左手で弄びながら、蒼華大神は簡単なおつかいを頼むように軽い口調で言った。
ほがらかな笑みを浮かべた害のなさそうな神様が、とんでもない頼みごとを持ち込んできてしまった。
(いや、早くない。全然早くないですよ、蒼華大神様!)
という抗議の声は口に出せず、華鈴は心の中で必死に叫ぶ。
しかし、そんな心の声に気づいてもらえるはずもなく、そのまま話は続いてしまう。
「捕まえてどうするつもりだ? そもそも、俺たちはその髃楼とかいう奴が何者なのかもわかっていないんだぞ?」
少し落ち着きを取り戻した蓮が、蒼華大神の真意を探るように問う。
蒼華大神が口に出さない真実を、今度は決して見逃すまいとするように。
「髃楼は呪術に長けた者じゃ、ということだけ言っておこうかのぅ。あいつをあのまま野放しにしていては、間違いなくこの国は終わるじゃろう」
口元は弧を描いているのに、その目は厳しかった。
「それはどういう……」
言いかけた蓮の言葉は、蒼華大神の次の言葉に遮られた。
「あ、あと日比那よ。おぬしは表向き彩都所属のままではあるが、無期限の謹慎処分じゃ。無断で彩都の任を放り出し、陵墓で騒ぎを起こしたのだから当然といえば当然じゃのう」
「あちゃぁ、やっぱり抜け出したのばれてましたぁ?」
癖のある茶色の髪をくしゃくしゃと右手でかきながら、日比那は全く残念そうではないため息を吐いた。
そして、蒼華大神の方もまったく気にしていなさそうだった。
「この機会に、好きなように生きてみたらどうじゃ?」
怒るどころか、日比那の意志を尊重してくれる蒼華大神に、言われた日比那自身も蓮までも驚いていた。
少しばかり罰が悪そうに、それでも思わず笑みをこぼしながら日比那は言う。
「……じゃあ、俺も蓮のところに置いてもらおうかなぁ。一緒に暮らすの、なんだか昔を思い出すなぁ。あ、華鈴ちゃん、蓮の小さい頃の話聞きたい?」
だんだんと悪戯心いっぱいの笑顔を浮かべる日比那に、蓮のことを気の毒に思うが、その話題はかなり気になる。内心で蓮に謝りながら、華鈴は日比那の話に食いついた。
「聞きたいですっ!」
「わしもわしも~」
何故か、食いついたのは華鈴だけではなく、蒼華大神までもが興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
「日比那、こいつにだけは話すなよ。もし話したりしたら、絶対に許さねぇ」
こいつ、と言って長い指を向けたのはやはり、蓮の幼少期の話に目を輝かせている蒼華大神だった。
「別にいいじゃん。蒼華大神様は蓮のことを息子のように可愛がってくれてるんだしさ!」
「良くねぇよ! 俺がどれだけ面倒なことをさせられたと……」
長くなりそうだった蓮の愚痴にいち早く反応した蒼華大神は、「それじゃ、さっきの話頼んだぞよ」と言って白い霧とともに消えてしまった。