第四十二話 仲直り
「……りん、華鈴」
蓮の声が聞こえる。
優しく、穏やかな蓮の声が、華鈴の名を紡ぐ。
嬉しくて、胸が締め付けられる。
夢うつつの中で自然と笑みを零すと、蓮が突然「華鈴!」とびっくりするぐらい大きな声で叫んだ。
「す、すみません!」
怒られたのかと思い、とっさに華鈴は謝った。
それと同時に意識が覚醒し、目を開けると、腹を抱えて笑う日比那と呆れ顔の蓮が見えた。
「いや、何を謝っている?」
「え、蓮様怒ってたんじゃ……」
「ぶははっ! 華鈴ちゃん、おもしろすぎ。蓮はね、目を覚まさない華鈴ちゃんを心配してたんだよ、くくっ……やっぱり蓮の仏頂面が良くないわ」
蓮は心配して呼びかけてくれていたのに、華鈴が勝手に怒られたと勘違いして全力で謝ってしまったということなのだろうか。
しかし、何故華鈴が心配される立場なのだろう。
一番に心配しなければいけないのは、闇に囚われていた日比那だろうに。
そう思って、華鈴は蓮を飛び越えて日比那の無事を確かめる。
「日比那さん! 身体は、何ともありませんか? 変な気分とかになったりしてないですか?」
「あはは、オレは大丈夫だよ。ありがとう、華鈴ちゃんのおかげだ」
明るい日比那の笑顔につられて華鈴もにっこりと笑う。
身体には黒い痣も何も残っていないし、邪気も感じない。
少しは懲りたのか、日比那は赤い衣を着ているものの、装飾品は一切身に着けていなかった。
「それより、華鈴は大丈夫なのか? 三日も眠り続けていたんだぞ」
そっと華鈴の肩を引き寄せ、日比那から華鈴を引き離した蓮は真剣な眼差しで言った。
「えぇぇっ! 私、三日も眠ってたんですか!」
言われてみれば、ここは陵墓内ではなく、蓮と泊まっていた宿の寝室だった。
「そういうこと。蓮が華鈴ちゃんのことめちゃくちゃ心配してたよ~。おかげで蓮の不機嫌が加速されてオレはボロボロだよ」
ははは、と日比那が軽く笑うと、蓮が黙れ! と一喝していた。
なんだかこの二人の間にできた溝を埋めようと頭を悩ませていた数日前の自分が馬鹿みたいに、二人は仲のいい友人同士だった。
その光景をこんなに近くで見ることができて、華鈴はとても嬉しく思う。
「何笑ってんだよ」
「ふふ、だって、嬉しくて。蓮様と日比那さん、本当に仲がいいんだなって。私も友達が欲しくなりました」
華鈴がそう言うと、二人は目を見合わせ、ふっと笑った。
「友達ならいるでしょ、ここに」
「あぁ。俺たちがいる」
日比那と蓮の優しい眼差しに、華鈴は思わず涙を流す。
こんな風に華鈴を友人だとあたたかく迎えてくれる人がいるなんて。
胡群の村では考えられない現実に、華鈴の涙は止まることを知らない。
すると、日比那がまた蓮を見てニヤニヤと楽しそうに笑う。
「あ~、蓮が華鈴ちゃん泣かせた~」
「は? ったく、すぐ泣きやがる」
突き放したような言い方をしていても、華鈴の目元をぬぐってくれる手つきは優しくて、それが嬉しくてまた涙が次から次へと溢れてくるのだ。
「しかし、本当に大丈夫か? 身体の傷は消えているようだが」
蓮にそう言われて自分の身体を見てみると、傷は跡形もなく消えているし、痛みも全くない。
陵墓内の空気が傷を癒してくれたのだろうか。
それとも、あの美しい初代幽鬼姫の力なのだろうか。
しかし、初代幽鬼姫に会うことができたなんて夢のようで、まだ信じられない。
そう思い、華鈴ははっと顔を上げた。
「あの! お二人も会いましたよね? 私が意識を失ったあの小部屋で」
夢ではない、と確かめたくて、華鈴は蓮と日比那に興奮気味に問うた。
二人とも、不思議そうな顔をして、誰に? と返してきた。
「初代幽鬼姫に、です!」
あんなに美しい女性を忘れられるはずがない。
女嫌いの疑いがある蓮はまだしも、日比那ならば覚えているはずだ。
というか、全裸の女性を見て忘れられる男の人はきっといない! 華鈴でさえ、目を閉じれば鮮明に思い出せるのだ。
「初代幽鬼姫? はは、華鈴ちゃん夢でも見てたんじゃない?」
「ゆ、夢じゃありません! 私は確かにこの目で見たんです! 私、陵墓の奥の小部屋で倒れてませんでしたか? そこに、確かに初代幽鬼姫が美しい姿のままで眠っていたんです!」
日比那に軽く笑われて、華鈴は少しむきになって捲し立てる。
そんな華鈴の必死な姿をじっと見ていた蓮が、冷静に言葉を発した。
「陵墓に小部屋はないはずだ。それに、華鈴は俺達と別れたのと同じ位置に倒れていた」
「へ……? 小部屋が、ない?」
「ああ。あの陵墓の設計図を一度見たことがあるが、小部屋は存在しない」
嘘だ。確かに見たのだ、初代幽鬼姫と同じこの漆黒の瞳で。
しかし、日比那の言葉ならば少し可能性を感じられるが、蓮が嘘を言うはずがない。
ということは、本当にあれは夢だったのだろうか。
「……だが、深紅山は幽鬼姫に縁の深い地なのかもしれないな。俺達には見えないものや感じられないものを、きっと華鈴には感じられるんだろう」
「そうだろうね。からかってごめんよ。華鈴ちゃんが嘘を吐いてるなんて思ってない。そうか~、深紅山の不思議な力は初代幽鬼姫の力だったか」
自分でも小部屋がないと言われて夢かもしれないと一瞬疑ったのに、何も見ていないはずの二人が華鈴の言葉を信じてくれた。
そのことも嬉しかったが、日比那が華鈴のことを幽鬼姫だと認める発言をして、さらには華鈴に謝った。
華鈴はせっかく止まった涙がまたあふれ出しそうになるのを堪えながら、二人に向き合った。
「信じてくれて、ありがとうございます……!」
大きな声で華鈴が礼を言うと、三日間飲まず食わずでいたためか、ぎゅるぎゅるぎゅる~と腹の虫も大きく鳴いた。
「色々と話もあったが、まずは腹ごしらえだな」
「……は、はい。すみません」
華鈴は顔を真っ赤にしてお腹を押さえた。




