第四十一話 幽鬼姫としての道
「それにしても、広いお墓」
清らかな空間、といっても皇族の墓である。
死者と共にこの陵墓内に残されてしまった華鈴は大変心細かった。
開いてしまった傷も痛いし、いきなり墓場に一人ぼっちにされて、なんだか泣きそうだ。
ついさっきまでは蓮と日比那の友人同士の会話を聞いて心がほっこりしていたというのに。
「うぅ……蓮様、一人にしないでくださいよ~」
華鈴のか細い声が静謐な空気に吸い込まれる。
じっとしている方がかえって怖いことに気付き、華鈴は少し陵墓内を探索することにした。
しかし、歩いても歩いても同じように棺が並んでいるだけでおもしろいことなど何もない。
「やっぱり、蓮様たちのところに行こう」
そう華鈴が引き返そうとした時だった、不思議な声が聞こえたのは。
何と言ったのかは分からない。
ただ、美しく澄んだ心で誰かの幸せを願うような、優しい思いだということは確かだ。
しかしその中には深い哀しみも含まれていた。
その声が聞こえた陵墓の最奥へ行くと、可愛らしい華の模様が描かれた、真っ白な扉があった。
どうやら、部屋があるらしい。陵墓に置かれた部屋、ということは皇族の遺品が収められているのかもしれない。
平民に過ぎない華鈴がこんな所に来て、皇族の遺品が収められた部屋に入ってもいいものなのか。
今更ながらに、この場所に立っていることが恐れ多く、足が震える。
『どうか、もう闇を生むのはやめて……』
もう出ようと思った華鈴の耳に、またあの声が聞こえた。
今度は確かに聞きとることができた。
静かな、しかし確かに浄化の力を持つその祈りの声に、幽鬼姫の力に近いものを感じた。
その声の主が気になり、華鈴は白い扉を開いた。
「な、なんで……?」
華鈴の視線の先には、信じられない光景が広がっていた。
扉を開いて真っ先に飛び込んできたのは、胸の前で手を組み、祈る美しい女性の姿。
そんな永遠の美しさを閉じ込めた女神のような女性が、浮かんでいる。
絹のような黒髪は時を忘れたかのように伸び続け、思わず触れたくなるような滑らかな白い肌は剥き出しで、その美しい身体は衣服を纏っていなかった。
涙を流しながら閉じられた瞳には、一体何が映っていたのだろうか。
その女性は生命力に満ち、今にも目を開いてもおかしくはないのに、生きてはいなかった。
涙が流れ、髪は伸びる。
それでも、彼女はもう死んでいた。
華鈴には、それが分かってしまった。
「あなたが、初代幽鬼姫……?」
守ろうとした人間に裏切られ、姿を消した、初代幽鬼姫。
華鈴の中には、彼女の力が確かに息づいている。だから聞くことができたのだ、彼女の声を。
華鈴の胸はどくどくと早い鼓動を刻んでいた。
まさか、こんなところで初代の幽鬼姫を見ることになるとは思わなかった。
この深紅山に足を踏み入れた時、華鈴の心に流れ込んできたのは、初代幽鬼姫の感情だったのだ。
同じ幽鬼姫だったから、同調しやすかったのかもしれない。
「あなたは、何をそんなに悲しんでいるの?」
答えなど、返ってくるはずがない。しかし、問わずにはいられなかった。
こんな場所で、一人涙を流しながら祈り続けている初代幽鬼姫に。
その悲しみの理由は一体何なのか。
彼女は何故ここにいるのか。
「私は、あなたの力を受け継いでいます。あなたは、幽鬼姫の力を使って何をしようとしたんですか? 私は、どうすればみんなを救うことができますか?」
幽鬼姫だと言われた時から、ずっと自分に問い続けていた。
幽鬼姫としてどうあるべきか。何をすべきなのか。
自分で見つけた答えは、大切な人を守ること。
闇の世界を生きる幽鬼に光を見せること。
それが正しいことなのか、分からないのだ。
誰かに道を示して欲しかった。
華鈴の道しるべは、蓮だった。
しかし、いつまでも蓮の後ろについていくだけではいけないのだと気づいた。
華鈴が先を行き、蓮の道を照らしていくことも必要なのだと。
誰かに道を示してもらうのではなく、自分自身で切り開いていかなければならないのだと。
しかし、そう簡単に自分の行くべき道が分かる人間なんていない。
だから、初代幽鬼姫に示してほしかった。
華鈴がこれから何をすべきなのか。
「やっぱり、答えは自分の中で見つけるしかないですよね」
宙に浮かぶ美女は当然ながら微動だにしない。
本当にこの人の声を聞いたのかどうかも自信がなくなるほど、今は何の声も聞こえない。
もうこの時代を生きていない死者に答えを聞いた自分が馬鹿だったのだ。彼女は彼女なりに、幽鬼姫としての使命を全うし、ここにいるのだ。ならば、華鈴も華鈴なりの幽鬼姫としての使命を見つけよう。
「私、きっと初代幽鬼姫の悲しみも浄化できるようになります。それまで、待っていてくださいね」
華鈴は時を止めて眠る初代幽鬼姫の悲しみが少しでもなくなるように、と笑いかける。
『……あの人を、止めて……お願い』
目の前の初代幽鬼姫の姿には何の変化もない。しかし、確かに声は目の前の美女から聞こえた。
「あの人って、止めるって、どういう……?」
しかしやはりこちらの質問に答えることはなかった。
そして、どういう訳か急に眠気が襲ってきて、華鈴の意識は落ちていった。




