第四十話 闇を鎮める
目を開けると、どんよりとした真っ暗な世界が広がっていた。
はっとして起き上がると、怨念が狂ったように暴れているのが見える。
「蓮様……?」
まだぼんやりとする頭を覚醒させようと、蓮の名を呼ぶ。
確かに、蓮の気配を感じたから。
「華鈴、すまない」
蓮の謝罪の意味が分からず、首を傾げた華鈴だが、自分の身体が傷だらけであることを思い出した。
と同時に痛みも戻って来た。
しかし、今は怪我の手当をしている場合でも、蓮に心配されている場合でもない。
日比那の闇に引き寄せられ、生まれた怨念たちが陵墓内に溢れているのだ。
「私は大丈夫です。それより、外の結界はどうなりました?」
「あ、あぁ。なんとか食い止めている。簡単な結界しか作れなかったから壊れるのは時間の問題だろうがな」
華鈴は起き上がり、周囲を確認する。
華鈴たちは、かなりの数の怨念に囲まれていた。
しかし怨念たちが直接襲ってこないのは、蓮の結界があるためだ。
ちょうど三人分を囲む、小さな結界。
華鈴の側には、まだ意識を取り戻していない日比那が倒れていた。
しかし先程とは違って、確かに生きている。
身体への負担が大きかったためにまだ目覚めないだけだろう。
今まで結界や術を抜け、外の結界を張り直し、ここでまた意識を失っていた華鈴たちを守るために結界を張ったからか、蓮はかなり疲れた顔をしていた。
蓮にばかり負担をかけられない。
「では、壊れる前にこの怨念たちを鎮めましょう」
心配そうな蓮に、大丈夫だと笑って華鈴は結界を出る。
原因である日比那の強い闇の力が消えたことによって、怨念たちは混乱していた。
その勢いのまま、結界を出た華鈴に襲いかかる。
咄嗟に蓮が華鈴の腕を掴み、結界に戻そうとしたが、華鈴はその手を振りほどき、怨念たちに向かい合った。
《怨念たち、私を見なさい》
華鈴が強く言霊を使えば、ピタリと黒い怨念の塊たちは動きを止めた。
「本当は、こんなことしたくないんでしょう? ただ、眠りを妨げられて驚いただけなのよね」
白く細い腕を大きく広げ、華鈴は邪気を放つ怨念たちに近づく。
優しく、笑いかけながら。
すると、闇を作りだしていた怨念たちすべてが華鈴の腕の中へ飛び込んできた。
その衝撃に華鈴はよろけそうになるが、背中を力強い腕に支えられる。
後ろにいたのは、日比那だった。
現実の世界に日比那の意識がちゃんと戻ってくることができたのだ、と華鈴は安心するが、この状況はあまりよろしくない。
先ほどまで日比那も闇の中で苦しんでいたのだ。
身体はまだ万全ではないだろう。
今すぐに離れさせなければ……しかし、日比那は華鈴の肩を抱き、強く言った。
「大丈夫、オレが支えているから」
幽鬼を憎み、滅したいという思いを抱えていた日比那が、怨念を救おうとする華鈴の力になろうとしてくれている。
恨む気持ちは簡単には消えたりしない。
それでも、日比那は前に進もうとしているのだ。
日比那の力強い言葉に頷き、華鈴は自分の身体にまとわりついている怨念たちの声を聞いた。
『……怖い。コワ……ぃ』
『助け、テ……!」
『こ…ナ所……いたく、ナい』
この陵墓に眠っていた、高貴な皇族の魂たちが華鈴に助けを求める。
闇に溶け込んでしまえば、皇族も平民もみんな変わらない。
「大丈夫、もう怖くない。私がみんなの光になるから」
華鈴は、強く願う。
どうか彼らの魂を安らかに眠らせて欲しい、と。
暗く深い闇の中で、華鈴の白い滑らかな肌が光り出す。
その手で怨念に触れれば、黒く染まっていた魂が、清らかな魂へと変わっていく。
『ア…りが……ト、う……』
黒く重い邪気が漂っていた陵墓内の空気は澄み渡り、清らかで神聖な場所に戻った。
見違えるほどに明るくなった空間に、華鈴の顔には自然と笑みがこぼれる。
「さすが、幽鬼姫」
華鈴を支えてくれていた日比那が嘘偽りない笑顔を浮かべて言った。
「おい、さっさと結界張り直すぞ」
「え~……ホント蓮は人使い荒いなぁ」
「うるせぇ! 華鈴は、少し休め。本来ならここは冥零国で最も清らかな空間だからな。傷も癒せるかもしれない」
ようやく邪気が消え、抑え込まれていた深紅山の神力が陵墓内を清めていく。
しかし、結界を放置しておく訳にはいかない。
蓮は強制的に日比那を引っ張って行き、華鈴には休んでいるようにと強く念を押した。
蓮たちについて行く気満々だったのだが、大人しく待つことにする。
何せ古傷が開いたせいで血まみれなのだ。
それに、せっかく蓮にもらった着物も怨念に触れたためかボロボロになっている。
このままの格好でついて行っても、邪魔になるだけかもしれないと思ったのだ。
しかし、この邪気の影響を直接受けた日比那を働かせるとは。
(鬼のようです、蓮様!)
しかし、そんな蓮でさえも華鈴には輝いてみえるのだから不思議だ。
それに、蓮が日比那の無事を願っていたことを知っているから、冷たく見える蓮の言動が照れ隠しなのだと分かってしまう。
「黙って一人で何でも背負いこむのはやめろと言っただろ。お前はいつも何も言わないで勝手に問題に首を突っ込んでやがる。今回のことだってなぁ……って、お前何笑ってんだ! そんな薄っぺらい笑いで誤魔化せると思うな!」
「いやいや、誤魔化そうなんて。蓮は何も変わってないんだなぁと思っただけだよ」
「俺からすれば、お前も変わってない」
「へ? オレは随分変わったと思うけど……」
「変わってねぇよ、何もかも昔のままだ。自分のことよりも人のことを優先して、誰かのためにへらへら笑ってやがる。そんなむかつくお前のままだ。ただ、隠すのがうまくなっただけだろう?」
「はは、そっか。変わってないのか。やっぱり、蓮には敵わないなぁ」
仲直り、できたのだろうか。
というかそもそも、この二人は喧嘩なんてしていないのだ。
ただ、離れていた時間の分だけ相手のことを図りかねていただけなのだ。
華鈴は階段を上って行く二人の声を聞きながら、頬を緩めていた。




