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幽鬼姫伝説  作者: 奏 舞音
第二章

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第三十七話 闇に囚われた心

 陵墓内は、完全な暗闇だった。


「わわっ!」


 突然の段差に、華鈴は尻餅をつく。

 足元がよく見えない中で、一歩目が段差だなんて反則だ。

 華鈴はゆっくりと地下へと続く階段を降りていく。

 ひんやりした空気の中、強まる邪気に負けないよう、闇に心を支配されないよう心をしっかりと保ちながら先を急ぐ。

 そうしてどれぐらい降りただろうか。

 段差がなくなり、暗闇に慣れた目で見えたのは、黒い扉だった。


「この先に、日比那さんが……」


 覚悟を決めた華鈴が黒い扉に触れようとした時、突然扉の向こうから叫び声が聞こえてきた。

 苦しみ、悶え、生を引きはがさんとするような恐ろしい叫び声。

 そして、華鈴の心に直接届いた、助けを求める声。

 闇の中で響いたその声は、扉越しだというにも関わらず、華鈴の身体中を震わせた。

 無我夢中で、闇に浮かびあがるほどに白い手を黒い扉に押し当て、華鈴は扉を開く。


「……日比那さんっ!」


 地下宮殿は、地下という圧迫感を全く感じさせないほどに広い空間だった。

 長方形の室内には、五十以上の棺が整然と並べられている。

 棺と棺の間には通路があり、日比那はそこに倒れていた。

 何かに抗うようにもがきながら。

 宮殿の壁に備え付けられた燭台により、完全なる闇ではなくなっていたが、外よりも、永遠にも感じた階段よりも、濃い邪気に包まれていた。

 華鈴は、地面に横たわり、身体を痙攣させている日比那に近づく。

 あんなに派手だった衣服は黒く染まり、肌までもが黒く変色してしまっている。

 その腕や耳、首に付けられた装飾品の類もすべてが真っ黒だ。

 そして、日比那の瞳の色までもが黒く変わっていた。

 その瞳は焦点が定まっていない。


「これは……?」


 華鈴は、日比那に触れかけた手を引いた。無意識に、身体が触れることをためらった。

 この闇は、日比那から放出されている。

 この地に眠っていた魂でさえも呼び起こすような、強力な闇が。

 ぞわり、と背筋に寒気を感じ室内を見渡せば、おびただしい数の怨念がこの空間を埋め尽くしていた。

 おそらく、この地に眠っていた皇族の魂たちだ。

 邪気の原因はこの怨念だったようだ。

 しかし、この怨念を目覚めさせたのはほかでもない日比那の存在であることは間違いない。

 そして、日比那の強い闇の影響で、これらが幽鬼へと変わるのも時間の問題だろう。


「日比那さん、目を覚まして」


 華鈴は、意識が朦朧としている日比那を見つめる。


(この闇は、確かに日比那さんの心の闇から生まれている)


 日比那が笑顔の下に隠したものは、もう彼自身でさえ見つけられないぐらいに深い場所に眠ってしまった。

 誰のことも信じられず、頼ることができない。

 そんな生き方を続けていた日比那の中には、ずっと闇が巣食っていた。

 本当は助けて欲しいのに、誰にも助けを求めることが出来ない。


 ――助けて欲しい。


 声に出せない日比那の思いを聞いたのは、彼が信じ、裏切られた存在の幽鬼姫。

 他人に頼り、守られる立場に甘んじていた華鈴だった。

 本当に守る強さを持つ蓮とは違い、ただ口先だけで守ろうとしていた愚かな娘。

 そんな気弱で泣き虫な、愚かな幽鬼姫でも、その力は本物だ。

 そして、幽鬼姫の力を華鈴自身の力にする。強い意志を持って、完全に支配してみせる。

 この場所なら、それができる気がした。


「えぇ、必ず助けます。蓮様の大切な友人ですもの」


 にっこりと笑みを浮かべ、華鈴は日比那の闇に染まった身体に触れるために手を伸ばす。


「この手で、浄化してみせます!」


 自分の中に今までにない大きな力が流れ込んでくるのが分かった。

 触れたところから、ビリビリと拒絶されるような痺れが走る。

 とっさに手を引きかけたが、華鈴は痛みに耐えながらも日比那に触れることをやめなかった。

 かつて受けた虐待の傷が開き、白い肌に赤い血が浮かび上がっていても。

 そうして、華鈴の力を日比那に与え続けていると、黒く変色していた日比那の肌が元に戻り始めていた。


(よかった……これできっと意識も戻る)


 しかし、身体を浄化できたはずなのに日比那の意識は戻らない。

 呼吸も正常で、心臓も動いているというのに、生きたまま死んでいるようだ。

 まるで、心だけ死んでしまったかのよう。


「まさか、日比那さんの心がまだ闇に囚われているというの?」


 目に見えない心など、どうやって浄化すればいいのだろうか。

 華鈴が頭を抱えた時、日比那の腕に怪しく光る腕輪が目に入った。

 日比那の右手首に食い込むようにして存在する腕輪。


「この腕輪は……」


 華鈴は、日比那に初めて会った時のことを思い出す。

 日比那に差し出された手を握り、手が離れた瞬間、赤く光った腕輪だ。


(これが日比那さんの心を闇に染めた原因……)


 華鈴は、どす黒い闇を固めたような腕輪を外すために強く握った。

 しかし、腕輪は微動だにせず、華鈴の意識を闇に取り込もうとする。

 その闇の引力の中に日比那を見た気がして、華鈴は抵抗することをやめた。

 闇に引き込まれ、遠のく意識の中で、華鈴は必死に華鈴の名を呼ぶ蓮の声を聞いた気がした。

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