第三十一話 頑なな心
日比那の過去を知り、蓮の思いを聞いた華鈴は、これからどんなことがあっても日比那を見守ろうと決めたのだ。
華鈴も、家族を失う苦しみや孤独の闇を知っているから。
まだ日比那が闇に囚われているなら、救い出したい。
日比那との距離を縮めるためにも、二人だけで行動したかったのだが、さすがにそれは蓮が許さなかった。
そうして三人で踊り子の舞を観に来たのだが、日比那は蓮をからかってばかりで、蓮はその対応に追われて舞を楽しむ余裕はない。
それどころか、踊り子の舞もそっちのけで二人は言い争っている。
と言っても、腹を立て怒鳴っているのは蓮だけで、日比那は余裕の笑みを浮かべていた。
(この二人、絶対仲がいいと思うのだけど……)
友達のいない華鈴からしてみると、言い合いのできる相手がいるのはとてもうらやましいことだ。
この二人はお互いのことを大事に思っているからこそ、距離を置いているのかもしれない。
蓮は負い目から、日比那は孤独から。
華鈴はどうにか二人の間にできた溝を埋めたい。
そのためにも、今は日比那との距離を縮めたい。
どうにか会話の糸口を見つけようと、華鈴は日比那に意識を集中させる。
「……あの、日比那さんは、赤い色がお好きなんですか?」
手始めに、華鈴は日比那が身に着けている派手な赤い着物を見て訊いてみる。
「さぁ、どう思う?」
質問に質問で返されてしまった。
にやっと笑う日比那は完全に華鈴の反応を面白がっている。
しかし一方的に質問をしたのは華鈴も同じ。
どう答えようかと華鈴が頭を悩ませていると、蓮が呆れたように言う。
「華鈴、こいつはただ目立ちたいだけだ。派手なものが好きなんだ」
確かに、赤い着物以外にも、装飾品の数がすごい。
耳、手首、指、腰、足元、いたるところに光り物がじゃらじゃらとその存在を主張している。
何より感心するのは、身に着けている装飾品の数が多いのに不思議としっくりきていることだ。
かなり日比那のセンスがいいのだろう。
華鈴はじっと琥珀や翡翠、水晶など日比那を飾り立てている装飾品を見つめる。
「まぁ否定はしないよ。でもさ、一応これは仕事道具だからね」
と、日比那はじゃらじゃらと腕を飾る数珠を見せつけて言った。
装飾品が仕事道具だというその意味を理解できないでいた華鈴に、蓮が説明してくれる。
「これは術具といって、神力を高めたり、結界の補助を担ったりと特別な力を持っているものだ。術具を造る具術師の力によっては他にも様々な使い道があるようだがな。まぁ、一般的には魔除けみたいなものだと思えばいい」
「魔除け……ですか」
今まで蓮の戦いしか見たことはないが、あれが普通だと思ってはいけないのだと改めて感じた。
蓮は蒼華大神に認められるほどの才能を持つ、いわば天才。
神力を高め、結界の補助を術具に頼らなければ十分に力を発揮できない鬼狩師もいるのだ。
しかし、日比那はそんな風には見えない。
かと言って、幽鬼を狩ることを目的として鬼狩師になった日比那が、魔除けとして術具を使うとは思えない。
「……と言っても、こいつがこんな大量に術具を身に着けているのは、さっきも言った通り単に目立ちたいだけだろうがな」
「酷いなぁ。オレだって術具に頼ることもあるのにぃ」
「は? お前が? あり得ねぇだろ」
実際の戦っている日比那を見たことはないが、蓮の態度からして日比那も相当力のある鬼狩師だということは分かる。
しかし、日比那はそれだけの力を持ちながら、幽鬼の被害がないと言ってもいい彩都に配属されている。
本来であれば幽鬼に脅かされる民を守るはずの強い鬼狩師が、平和な彩都にいる。
それはやはり皇帝を守るためなのだろうが、幽鬼に脅える人々のことを思うと納得できない部分がある。
だからこそ、日比那はこうして彩都を出て蘇陵に来たのかもしれない。
復讐心からではなく、人々を守るために来てくれたのだとしたら、とても心強い。
「そういや蓮は術具使ったことなかったよね~」
「そんなもん使わなくても十分戦える。お前もだろ」
「いやいや、オレは蓮とは違うから」
「何が違う」
いつの間にやらまた口論が始まってしまった。
真剣な蓮に対して、日比那は常に笑顔を絶やさない。
それは嘲笑っているかのようにも、すべてを諦めているようにも見えた。
「それは教えな~い」
そう言って楽しげに笑う日比那を見て、蓮は本気で言葉をぶつけるのが馬鹿らしいと悟ったらしい。
そして、大きな溜息を吐いた。
「……ったく、お前は本当に何しにここまで来たんだ」
「だ~か~ら~、蓮の援護に来たって言ったでしょ」
「俺に援護はいらん!」
「あ、あの! 私は、日比那さんがいてくれて心強いですよ。私じゃ蓮様を止められないですから……日比那さんが来てくれて本当によかったです!」
思わず華鈴は大きな声を出していた。
蓮は、一人で無茶をしそうで怖い。
幽鬼姫を守るために自分の身を犠牲にしそうで怖い。
華鈴ではそんな蓮を止められないかもしれない。
蓮には言霊が効きにくいのだ。
いつも従えられるとは限らない。
そう考えると、蓮の言動に全く動じない日比那の存在は有り難かった。
日比那の本当の目的も、その真意も分からないままでも、華鈴に冷たい態度をとっていたとしても、幽鬼姫を恨んでいるかもしれないとしても。
「それ、本当に思ってる? いざとなったらオレは自分のことしか考えないからね。勝手に頼りにしないでくれるかなぁ」
顔は笑っているのに、目は笑っていない。
しかし、その目には脅えや迷いが見えて、華鈴はそれが日比那の本心ではないと分かってしまった。
やはり、日比那は何かを隠している。
そして、苦しんでいる。
日比那がこの蘇陵に来た本当の目的は、蓮に助けを求めるためではないのか。
そんな考えが頭を過ぎった。
幽鬼姫の力を信じていなくても、蓮のことは信じているはずだ。
そして蓮の強さも、日比那は十分に理解している。
だとすれば何故、日比那は何も言ってくれないのだろう。
華鈴がいるからだろうか。
しかし、蓮と二人だけになった時にも日比那は何も言わなかった。
何かを隠していることはずっと感じていたが、何か困っていることがあるのなら言って欲しい。
華鈴は弱いかもしれないが、幽鬼姫なのだ。力になりたい。
「日比那さんこそ、どうして本当のことを教えてくれないのですか?」
華鈴のその言葉に日比那が息を呑んだ瞬間、目を離していた踊り子の舞が終わったのだろう、広場は大歓声に包まれた。
丁寧な所作で集まった観衆に頭を下げている踊り子へと視線を移した瞬間、側にあった気配が消えた。
「……日比那さん?」
そこにはもう日比那はいなかった。
ただ、蓮が苦い顔をしているだけだ。
突然、日比那が消えた。
(嫌な予感がする……)
これから起こることに対する漠然とした不安に、華鈴の身体は震えていた。
この不安も幽鬼姫として感じているのか、華鈴がただ脅えているだけなのかは分からないが、これだけは言える。
「蓮様、日比那さんが危険です」
確信を持って、真剣に告げた華鈴の言葉に、蓮は黙って頷いた。




