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幽鬼姫伝説  作者: 奏 舞音
第二章

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第二十七話 隠された感情

「華鈴は誰のものでもない……だが、華鈴を傷つける奴は俺が許さねぇ」

「ふうん……でもさ、幽鬼姫がいつも誰かに守られてるのってどうなんだろうね。そもそも、幽鬼姫に守る価値なんてあるのかな?」

「どういう意味だ」


 蓮の鋭い殺気が日比那に向けられる。それでも日比那は動じず、口を開く。


「そのままの意味だよ。守られるだけの幽鬼姫は要らないって言ったんだ。ねぇ、幽鬼姫ちゃん?」


 日比那の言葉には明らかな毒があった。

 しかし、それもまた事実だった。

 華鈴は守られるだけの存在にはなりたくなくてここまでついて来たが、日比那から見れば華鈴はただ蓮の背に隠れているだけの少女に見えるだろう。

 「幽鬼姫」とあえて強調して呼んでいたのは、その名にふさわしくないのを分からせるためだったのかもしれない。

 日比那の瞳には、何故華鈴のような小娘が幽鬼姫なのか……という強い拒絶があった。

 確かに、初めは華鈴も自分が幽鬼姫だなんて信じられなかった。

 蓮にも、あり得ないとさえ言われた。

 それでも、華鈴が幽鬼姫である事実は変えられない。

 華鈴は幽鬼姫として力を付けるため、ふさわしくあるためにここに来たのだ。

 このまま日比那に言われっぱなしではいられない。


「日比那さん、私は幽鬼姫です。決して、守られるだけの幽鬼姫にはなりません」


「へぇ、いい心がけだね。でもさ、口だけなら何とでも言えるよ」


 日比那には、華鈴の言葉は薄っぺらく感じられたのだろう。今の華鈴が日比那に何を言ってもきっと伝わらない。


「いい加減にしろ! お前が幽鬼姫を恨んでいることは知っている。だが、責めるなら俺を責めろ。華鈴は関係ない」


 声を荒げる蓮を、日比那は楽しそうに見つめている。

 華鈴は日比那の不自然な言動よりも、蓮の言葉に引っかかった。


(幽鬼姫を、恨んでいる……?)


 幽鬼を恨むならまだしも、幽鬼姫を恨んでいるとはどういうことだろう。蓮のその言葉に驚いたのは、華鈴だけではなかった。


「……ふ、ふははは、何それ。俺が恨みを持ってるって? 幽鬼姫に? 笑える、笑えるよ。恨む感情はもう捨てたんだ。だって、恨みなんか醜い幽鬼と同じ感情じゃないか。そんなこと、耐えられない……!」


 顔は笑っているのに、日比那の声は震えている。

 今までずっと完璧な笑顔を作っていたのに、今の日比那の笑顔は歪んでいた。

 その表情から、華鈴は日比那に感じていた違和感の正体を見た気がした。

 日比那は、鬼狩師ならば持ちえないもの、持っていてはいけないものを心に宿している。

 笑顔の仮面で覆い隠したその心に、一体何があるのか。

 華鈴にはまだぼんやりとしか分からない。

 それでも、一つだけ分かることがある。


「……日比那さん、何をそんなに苦しんでいるのですか?」


 背の高い日比那を見上げ、華鈴は怯えることなく言った。

 今、何かに怯えているのは日比那の方だ。

 どうにもできない苦しみを抱え、耐え切れずにその感情を笑顔で押し殺す。

 日比那は、笑うことですべてをなかったことにしようとしている。

 そんな気がした。

 しかし、日比那の事情も何も分からない華鈴には、それ以上深く踏み込むことはできない。

 どうにか日比那の苦しみを和らげることはできないだろうか。

 日比那に認められていない華鈴には難しいかもしれないが、放っておくことはできない。

 しかし、日比那は華鈴の言葉を屈辱に感じたようだった。


「別に。俺は苦しんでなんかいないよ? 幽鬼姫だからって、調子に乗ってるの?」

「やめろ。それ以上こいつを侮辱したら、ただじゃおかねぇ」


 冷ややかに言った日比那の胸ぐらを蓮が掴み、殺気を含んだ声で脅す。


「……や、やめてください!」


 華鈴の叫びで、蓮は仕方なく日比那を放した。

 華鈴は日比那を責めたい訳ではないのだ。

 しかし、また蓮に守られる形になってしまった華鈴を見て、日比那は笑う。


「いいなぁ、守られるだけなんて。オレのことも誰か守ってくれないかな~……なんてね」


「私が! 私が日比那さんを守ります!」


 反射的に華鈴は答えていた。

 実際、日比那は守られる側ではなく、守る側の人間なのだろうが、守って欲しいという言葉に日比那の本心が混じっていた気がしたのだ。


「君みたいな女の子に何が守れるっていうの? オレのことも怖いと思ってるくせにさ……無理しなくていいんだよ?」


 日比那はそう言って、きれいに笑ってみせる。

 あえて怖がらせるようなことを言っているのではないか。そう思ってしまうぐらい、日比那は幽鬼姫の華鈴に対して冷たい表情と言葉を向けている。

 蓮がいくら怒っても、その態度は変わらない。

 その意図通り、華鈴は日比那のことを怖いと感じたし、近寄りがたいと思っていた。


 しかし、一体何のために?


 その答えを知るための情報が少なすぎる。

 今、目の前の日比那から情報を引き出すしかない。

 すべてを笑顔の裏に隠している日比那が真実を語ってくれるとは思わないが、嘘の中にヒントが隠されているかもしれない。


「……日比那さんは、どうして無理に笑うんですか?」


 真剣な華鈴の問いに、日比那の表情は一瞬固まったが、またすぐ笑顔を浮かべて答えた。


「……笑ってなきゃ、いけないんだよ。幽鬼姫ちゃんには分からないだろうね」


 日比那はそう言うと、何事もなかったかのように立ち上がり、踊り子を見ている人混みに入っていった。

 人々の歓声が遠ざかる。

 踊り子の歩みに合わせ、人々が広場へと流れて行ったのだ。

 すでに踊り子が通り過ぎたこの場所に残っているのは、華鈴たちと屋台を出している商人だけだった。

 少しずつ日比那のことを知っていきたいと思っていた華鈴だが、先程の言葉はいきなり核心に触れてしまったのかもしれなかった。

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