第二十五話 側にいるために
「空いている部屋がここしかなかった、許せ」
「……いえ、大丈夫です」
本当は全然大丈夫ではないのだが、蓮に迷惑をかけたくない。
華鈴は気にしないように意識する。
(蓮様と同じ部屋でも、何ともない、何ともない……!)
蒼龍祭の前ということもあって、宿屋は観光客でどこも大繁盛だ。
一人部屋しか空いていなかったのも、仕方のないこと。
布団が一つだけしかない、なんてことも仕方のないことだ。
諦めるしかない。
しかし、蓮と一緒に寝るのはいろんな意味で心臓に悪いので、さすがに無理だ。華鈴は座布団の上で丸まって寝ようと決めた。
「荷物は適当に置いておけ」
蓮の言葉に頷き、華鈴は小さな荷を部屋の隅に置く。
華鈴の荷物はそれほど多くはない。元々着の身着のままで蓮の屋敷に転がり込んでしまったから、私物は初めて蓮に会った時に着ていたボロボロの着物以外何も持っていないのだ。
だから、今華鈴が持っている物はすべて蓮からの頂き物だ。華鈴が屋敷に来た時から、女物の着物をいつの間に用意していたのか、蓮は華鈴のために簪や帯留めなどの装飾品まで用意してくれていた。
今着ているのは、薄い桃色の着物に梅の小紋があしらわれたもので、牡丹色の帯には桃色のとんぼ玉の帯留めをしている。いつもは綺麗な着物なんて着たことがなかったから適当に結んでいた帯だが、蓮に帯の巻き方を教えてもらい、なんとか今は様になっている……はずだ。
せっかく蓮が用意してくれたのだから、と華鈴は大切に使わせてもらっているが、この贅沢に慣れてはいけないとも思う。
いつか華鈴も蓮に何か返さなければ……!
「さっきは、日比那が悪かった」
珍しく力のない声で、蓮が言った。
「いえ……私の方こそ」
山神様や蒼華大神を怒鳴りつけられるほど度胸のある蓮が、たった一人の人間の言動を気にするなんて。
それだけで、日比那が蓮にとって大切な存在であることは分かる。
しかしだからと言って、日比那の物言いを許せる訳がない。
蓮は罪滅ぼしのために鬼狩師になった訳ではない。ましてや蓮は何の罪も犯していないのだ。
母凛鳴が幽鬼と化した時、蓮が狩ったのは凛鳴のためだ。
蓮が止めていなければ、その魂は永遠に闇の中をさ迷っていただろう。
幽鬼を救おうとしていた幽鬼姫の思いを蓮は受け継いでいる。
蓮が幽鬼姫を光だと言ってくれたから、信じてくれているから、華鈴は頑張ることができるのだ。
幽鬼姫として、もっと頼られるようになろうと思えたのだ。
幽鬼姫であった凛鳴が光であったように、自分も何かを守れる光になろうとしたのではないだろうか。
きっと、蓮は小鬼たちだけでなく、今までに多くのものを守ってきたはずだ。
華鈴はその内の一人に過ぎないだろう。
蓮は決して罪滅ぼしなどではなく、母の意志を継ぐために鬼狩師の力を使っているのだ。
蓮の親友を名乗ったくせに、そんなことも分からないなんて。
華鈴はだんだんと腹が立ってくる。
日比那に蓮のことを語って欲しくない。
(でも、私は蓮様にとってどんな存在なのかしら……)
日比那が親友だと言ったことについて、蓮ははっきり否定しなかった。
つまりは、蓮も親友だと認めているということ。
華鈴はと言えば、蓮とは幽鬼姫と鬼狩師という肩書だけの関係である。迷惑ばかりかけている居候でもある。
そう思うと、日比那に対して嫉妬心が生まれる。
華鈴も、蓮の内側に入りたい。
幽鬼姫ではなく一人の人間――華鈴として、蓮の側にいたい。
そのためにも、華鈴は蓮のことをもっと知りたかった。
しかし、蓮は自分から何も語らない。まだ蓮と出会って一か月程度の華鈴よりも、日比那の方が蓮のことを知っているのは当然といえば当然だ。
(女嫌いだった、って本当なのかしら……)
日比那の口から出た、「女嫌い」という言葉を蓮は否定しなかった。
もし華鈴が幽鬼姫であるから側にいられるのだとすれば、幽鬼姫として役立たずだと思われれば、すぐにでも屋敷から追い出されるかもしれない。
それだけは何としてでも阻止しなければいけない。
しかし、蓮が女嫌いだというのに無理して華鈴を側に置いているのだというのなら、蓮のために離れるべきかもしれない。
だが、それは最終手段だ。
要は、華鈴が側にいても不快感を与えず、迷惑をかけず、蓮の助けになればいいのだ。
ならば、今ここで暗い空気を引きずっていてはいけない!
そう思い、華鈴は蓮の邪魔にならないための最善策をすぐに実行に移す。
「あ……私、座布団使わせていただきますね!」
蓮の返事も聞かず、華鈴は蓮から離れた場所にそそくさと座布団を敷いてその上に丸まった。
目を閉じて、どくどくとうるさい鼓動を落ち着かせる。
余計なことを言ってしまわないうちに華鈴が眠り、蓮は一人用の布団をゆっくり使えばいい。
そう考えたのだ。
蓮に怪しまれていないかと気にしながらも、日比那のことや蓮のこと、蒼華大神や蒼龍祭のことをあれこれ考えているうちに華鈴の意識は夢の中に落ちていった。
「熟睡かよ」
だから、そう言って口元を少し緩めた蓮が、華鈴を布団まで運んでくれたことにも気づかなかった。




