第十八話 幽鬼姫として
「山神様、今頃どうしているでしょうか」
小鬼たちと共にボロボロになった山神様の祠を直しながら、華鈴はため息を吐く。
凛鳴が消えたあと、華鈴は蓮に抱えられ、山神様と共に胡群の村を出た。
山神様の神力を取り戻すために祠を目指していたのだが、突然神の使いである神使が現れ、山神様を取り囲んだ。
山神様を天界へ連れて行くために。
山神様は、神堕したことによって神として存在できないくらいに穢れてしまっていたのだ。
初めて神の使いを目にした緊張で言葉を発することができなかった華鈴は、山神様が連れて行かれるのを見ていることしか出来なかった。
山神様は、本来ならば生贄として死ぬはずだった華鈴を生かし、蓮と引き合わせてくれた。
山神様のおかげで華鈴は蓮と出会い、自分が幽鬼姫であることを知った。
その時初めて、華鈴に居場所と存在理由が生まれたのだ。
幽鬼姫の力は幽鬼を救う唯一の力。
闇に生きる者に与える光なのだと。
自分は生きていてもいいのか、と悩み続けていた華鈴にとって、幽鬼姫であることは強い自信になった。
それなのに、華鈴は山神様に別れの挨拶もお礼も何も言えなかった。
そのことが心残りで、もう山神様がこの祠に帰ってくることはないと分かっているのに、華鈴は祠の修復作業を行っていた。
「あいつのことだ、呑気に笑ってるんじゃねぇか?」
近くの木に寄りかかっていた蓮が、少し口角をあげて言った。
「そうだったらいいんですけど……いいえ、きっとそうですよね! 山神様は、元気に明るく楽しく天界で過ごしてますよね!」
一番山神様のことを気にしているはずの蓮が笑っているのに、華鈴がうじうじ考え込んでいても仕方がない。
今、華鈴にできることをしよう。
少し不恰好に完成した小さな祠を見て、華鈴はにっこり笑った。
空を見上げると、雲一つない晴天だった。
山神様も、きっとこの空の向こうで笑っている。
だって、華鈴の記憶の中の山神様はいつでも笑顔を浮かべていたのだから。
「山神様、本当にありがとうございました!」
華鈴は天界にいる山神様に届くよう、大きな声を出す。
そうすると、近くではしゃいでいた小鬼たちまでもが華鈴と同じように頭を下げていた。
その様子を見て、滅多に声を出して笑わない蓮までもがくっくと笑っている。
「そろそろ帰るぞ」
「はいっ!」
まだ少し笑いを残したまま言った蓮の言葉に、華鈴は一番に反応した。
華鈴にはもう、帰る場所がある。
そのことが嬉しくて、蓮の元へ駆け寄る足は自然と弾む。
小鬼たちも華鈴の後ろに続いて蓮に駆け寄ってくる。
「蓮様、私きっと立派な幽鬼姫になります。私を信じてくれている方たちのために」
蓮の碧の瞳を真っ直ぐ見て、華鈴は宣言した。
華鈴の気弱で、泣き虫で、後ろ向きな性格が簡単に変わる訳ではないが、幽鬼姫であることからは絶対に逃げない。
その覚悟を、幽鬼姫の側にいてくれる蓮には伝えておきたかった。
じっと華鈴を見返す碧の瞳は鋭く、びしびしと肌に視線が突き刺さる。
基本、蓮は仏頂面なので表情を読み取ることは難しいが、これはおそらく怒っている。
まだまだ未熟者でありながら、調子のいいことを言ってしまったからかもしれない。
そんな不安が頭を過ぎったが、これは紛れもない華鈴の本心だ。
どんな言葉が返ってこようと受け止めなければ、そう思った華鈴の耳に聞こえてきたのは、予想外の言葉だった。
「そんなの当たり前だろう。何のために俺がいると思っている?」
「へ?」
「お前は弱い。だが、幽鬼姫だ」
「は、はい……」
威圧感たっぷりの蓮の言葉に、華鈴はただ頷くことしかできない。
「お前はお前の思うように力を使えばいい。守りたいものを守ればいい。それを守るのが、鬼狩師である俺の役目だ。幽鬼姫の力は強制されるものではない。そうだろう、華鈴?」
蓮の言葉に、華鈴は俯きかけていた顔をはっと上げる。
名前を呼ばれただけで、何故か心臓がどくんと跳ねた。
蓮が珍しく柔らかな声音で名を呼ぶからだ、と華鈴はうるさい心臓をなだめる。
確かに、幽鬼姫の力は華鈴の心と深くつながっている。
幽鬼の暗い闇に自分も呑まれてしまってはいけない。
強制的に誰かを救え、と言われても華鈴の心がついていかなければ力は使えないだろう。
だから、蓮は華鈴に無理強いするつもりないと言ってくれているのだ。
鬼狩師としてこの冥零国を幽鬼から守るのならば、どうしても必要な力だというのに。
「はい。私は私の思うよう、幽鬼姫の力を使います。だから、蓮様の仕事のお手伝いをさせてください!」
あまりに完璧な、有無を言わさぬ華鈴の笑顔に、蓮は反対することも断ることもできずにただただ言葉を失っていた。
そうして見つめ合っている二人の後ろで、小鬼たちがまだ帰らないの? という風に騒いでいた。




