第十五話 救いの光に
ゴォォ――――……!
華鈴と蓮の耳に、凄まじい破壊音が響く。
山神様が華鈴の家を壊したのだろう。
顔を上げ、華鈴はその様子をじっと見る。
呪われた家が、どんどん粉々に破壊されていく。
昔、両親と過ごした家が、思い出とともに壊されていく。
でも、その光景を見て華鈴の涙は止まった。
ずっと、あんな家壊したいと思っていた。
村人に呪われた家なんて、なくなればいいと思っていた。
華鈴の口に出せなかった思いが、山神様によって実行されている。
凄まじい形相で家を踏み潰している山神様を、蓮もただじっと見つめていた。
そして、もう跡形もなく家が壊された時。
家があった場所に怨念の塊が二つ現れた。
まだ、幽鬼ではない人の怨念。
漂う邪気にあてられ、怨念となってしまった魂。
どこかで生きていて、そう願っていた。
それが自分に都合の良い希望だと分かっていた。
それでも、目の当たりにすると胸が痛い。
もうこの場所には誰もいないと思っていたのに。
ずっと華鈴のことを見守っていたのだろうか。
二つの怨念は、悲しい悲鳴を上げ、その姿を変えようとしていた。
『それでいいのよ』
先代の幽鬼姫が優しい声で言う。
山神様の意識は、完全にそちらに向いている。
山神様がこの家で暴れていたのは、この怨念を幽鬼として目覚めさせるため。
止めなければ。
目の前の怨念だけは、幽鬼にしたくない。
華鈴のことを、最後まで愛してくれた両親だけは。
山神様は、幽鬼を取り込む度に闇の力が強くなっていった。
もうこれ以上闇に堕としてはならない。
先代の幽鬼姫だって、本当はこんなこと望んでいないはずだ。
幽鬼にとっての光だった彼女が、本来ならばこんなことをするはずがないのだから。
すべてを止めなければ。
誰も、本心ではこんなこと望んではいないのだから。
きっと、何か理由がある。
華鈴は、それを知りたい。
「蓮様、お母様の名前は何とおっしゃるのですか?」
蓮が言霊の特訓をしている時に教えてくれた。
“名”は、その存在を表すもの。
“名”は、その存在を認めるもの。
“名”は、その存在に力を与えるもの。
この世に存在している者は、名をもってはじめてその存在を示すことができる。
だから、言霊を有効的に使うのであれば対象の名を知ることだ、と。
言霊は、名の力を利用し、支配する力でもあるのだ。
一般的な幽鬼であれば、名を知らなくても言霊の力を使えるが、幽鬼と幽鬼姫では格が違う。
「母の名は、凛鳴だ」
「ありがとうございます……それと……あの、もう下ろしてください」
「あ、あぁ」
蓮は、腕に抱えていた華鈴をそっと下ろした。
そして、華鈴は黒い影に向かって叫ぶ。
《凛鳴様、こんなこともうやめてください!》
『あなた、誰? もしかして、この私に言霊を使ったの?』
華鈴の存在を今初めて知った、というような驚きを含ませた声が影から聞こえてくる。
華鈴の言霊は全く効いていないらしい。
しかし、ここで諦める訳にはいかない。
「そう。私は幽鬼姫だもの。あなたはもう人間ではない。だから、私があるべき所へあなたを還すわ」
そう言った華鈴の目に、醜い姿へと変わりつつある両親の姿が映った。
華鈴は黒い影に背を向けて、両親の怨念に走り寄る。
すぐ近くには山神様がいるが、そんなことはどうでもよかった。
「ずっと、私の側にいてくれたのに……私はこの家に来たくなくて、お母様とお父様が亡くなってから一度も来なかった。ごめんなさい。きっと、お母様とお父様がこんな姿になってしまったのは私のせいだわ……」
一度深呼吸して、華鈴は覚悟を告げる。
「だから、私が救ってみせる。お母様とお父様は呪われた子を生んだんじゃないって私が証明してみせるわ!」
先ほどまで泣き腫らした赤い目を細め、華鈴はにっこりと、笑顔を作った。
華鈴の笑顔に、怨念は幽鬼ではなく、ただの魂へと姿を変えた。
『華鈴、お母様ね、あなたの笑顔が大好きよ。どこにいても、あなたが何者でも、愛しているわ』
『華鈴ならできる。何てったって私たちの子だからな。自信を持つんだぞ』
そんな両親の声が聞こえたかと思うと、一瞬でその姿は光となって消えた。
「えぇ。お母様とお父様の子ですもの。私は強い」
華鈴は、両親に向けた愛情のこもった笑顔をそのまま先代幽鬼姫と山神様に向けた。
自分が闇の中で輝く光であるために。




