表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽鬼姫伝説  作者: 奏 舞音
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/84

第十四話 守りたいもの

 山神様は、ずっと黒い影の声に耳を傾けている。

 先代の幽鬼姫であり、蓮の母でもある女性の声に。

 山神様の暴走を止めるためには、山神様の意識を華鈴に向けなければならない。

 しかし、華鈴の幽鬼姫としての力が先代より強くなければ、それは無理だろう。

 今の華鈴にそれだけの力があるのだろうか。

 自らが幽鬼姫だという自覚を持っても、不安は消えない。

 それでも、華鈴は逃げずに前を見据えた。


「蓮様、私が山神様を鎮めます。どうか、武器をおさめてください」


 蓮は、山神様と黒い影を感情のない瞳で見つめていた。鎌を握る手に力を込めて。


「それはできない。俺が終わらせてやる」

「駄目です! 蓮様のご両親ではないですか!」

「あんな風になっちまったら親も何もねぇ!」


 蓮は、華鈴が止めるのも構わずに霧の向こうへ走り出す。


《蓮! 止まりなさい!》


 蓮には、幽鬼に命ずるよりも強く言霊を使わなければ効かない。

 幽鬼姫の命に絶対の幽鬼とは違い、彼は鬼の力を取り込んだ人間なのだ。

 それに、ただの人間ではなく神と幽鬼姫の血を継ぐ人間。

 そう簡単に従えられる訳ではない。


「……何故、止める? これは俺の問題だ」


 強い言霊の力に、蓮は動けずにいた。

 苦しげに放った言葉には、華鈴への憤りも混じっていた。

 その鋭い瞳に負けず、華鈴は言い返す。


「いいえ。これは私の問題でもあります。だって、私は幽鬼姫です。幽鬼姫は、幽鬼を救うんでしょう?」


 幽鬼姫のことを幽鬼にとっての光だ、と蓮が言ったのは自分の母を光だと思っていたからではないだろうか。

 幽鬼姫は、幽鬼を従える力を持つ。

 幽鬼の力を利用して、人間を襲うこともできる。

 だからこそ、幽鬼姫は人間に恐れられていたのだ。

 そんな光よりも闇に近い幽鬼姫の力を、蓮は救いの光だと言った。

 それは、きっと幽鬼姫だった母を誇りに思い、尊敬していたから。

 だからこそ、蓮は鬼狩師を目指した。


「私が、山神様も蓮様のお母様も救ってみせます。信じてください」


 まさか自分が、こんな言葉を口にする日が来ようとは、今までの華鈴には考えられなかった。

 自分に自信がなくて、人の目を気にして、ただ目立たないように生きてきた自分が、誰かを救うなんて大それたことを言うなんて。


「……分かった。だが、俺は大人しく見ているつもりはない」


「蓮様……」


「鬼狩師は、幽鬼姫を守る」


 ――何ものからも。


 濁りのない澄んだ碧の双眸が、真っ直ぐに華鈴に向けられた。

 もう、蓮の中に迷いはない。

 蓮に抱えられ、華鈴は山神様に近づくために霧の中へ入る。

 山神様は少し落ち着き、じっと黒い影を愛おしそうに見つめていた。

 山神様が見つめる女性の姿は、やはりはっきりとした姿は見えず、霧に紛れて黒い影だけが浮かんでいる。


《山神様、私を見て!》


 華鈴が叫んでも、山神様はただ黒い影を見つめている。

 そして、その美しい声に導かれるように何処かへと向かう。


「あ、向こうは……」


 黒い影が移動した先を見て、華鈴が声を漏らす。


「何がある?」

「……私と両親で住んでいた家があります。もう誰も住んではいませんが……」

「そうか」


 蓮の落ち着いた声を聞いて、華鈴は逃げ出したい衝動をなんとか抑え込む。

 出来れば、あの家は見たくない。


(私は幽鬼姫。大丈夫、何とかなるわ……山神様も、蓮様のお母様も救うの)


 心の中で自分に言い聞かせる。

 そうしないと、すぐにでもこの場所から消えてしまいたくなるから。


『ここには、もうすぐ幽鬼になる魂が二つ。私たちの幸せのために、早く取り込みましょう』


 何度聴いても、本当に美しい声だ。

 こんなに美しい声で命令されれば、幽鬼でなくても言うことを聞いてしまいそうになる。

 華鈴に、こんな風に人を惹きつける何かがあるとは思えない。


「……あれか」


 蓮の声を聞いて、華鈴はその視線を辿る。

 その先には、今にも山神様に破壊されようとしている小さな家があった。

 華鈴は、今すぐ目を背けたいのに、その家から目を離すことができなかった。

 呪いのように白い札が貼られ、真っ白に塗りたくられた家。

 邪悪な子を産んだとされ、村中から嫌われた両親。

 華鈴には何の自覚もなかったが、今思えば幽鬼が胡群を襲ったのは、華鈴に引き寄せられていたのかもしれない。

 幽鬼が現れる度に家に貼られる札は増えていき、最後には両親が生贄となった。

 全部華鈴のせいだったのに。


 ――ごめんなさい。私が全部悪いの。お父様も、お母様も悪くない。私が、私がいけないの。生まれてきて、ごめんなさい……。


 そうやって何度も何度も謝って、何度も何度も自分を責めた。

 華鈴はこの家を見ると、あの頃を思い出して、心がボロボロになる。

 自分が生きていていいのか分からなくなる。


「自分を責めるのはやめろ! お前は悪くない」


 自分でも気づかないうちに、華鈴は両親への謝罪の言葉を声に出し、涙を流していた。

 蓮に抱えられていた華鈴は、その状態のまま強く抱きしめられる。


「うっ、ゔぅ……」


 たくましい蓮の胸に顔をうずめ、感情のままに声をあげる。

 今、泣いている場合ではないのに。

 そう思うのに、涙は止まらなかった。

 蓮の暖かな体温が、あまりにも優しくて心地よかったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ