あしあと-8月20日(6ページ目)
ピンポン。
チャイムの音で目が覚めた。
「南風さーん。回覧板ですよー」
男の人の声が聞こえる。
誰だろう?
足が痛い。
なぜ痛いのかが思い出せない。
私はなんとか立って、玄関に向かった。
ドアを開けると、そこにはダブダブのパーカーに下はジャージという格好の二十歳ぐらいの男性が立っていた。
口には煙草。
なぜか火はついてない。
だるそうな目をしている。
「あ、南風さん。回覧板です」
男は片手をパーカーのポケットに突っこんだまま片手で回覧板を渡してきた。
私はそれを受け取ると、どうすればいいのか迷った。
「それ適当に読んで隣の人に渡しておけばいいから。多分、南風さんの隣の人は今旅行中だから、ポストにでも入れてくれたらいいですよ」
私は頷いた。
「ところで一人で住んでるんですか?」
私はもう一度頷き、家で休憩していくか手で聞いてみた。
「ああ、もしかしてしゃべれないんですか?」
男には伝わってなかったらしく、私は急いでメモ用紙を持ってきて字を書いた。
『休憩していきますか?』
「いや、いいですよ。ありがとうございます。あんまり人を家に入れないほうがいいですよ?特に男の人は」
なるほど、と思いながら次の言葉を書く。
『敬語やめてもらっていいですよ』
「ああ、ごめんごめん。気持ち悪いか」
『いえ、そんなことありませんよ。ところでなんで煙草に火がついてないんですか?』
「そりゃ、火つけたら身体に悪いからだよ」
男の人は煙草を揺らしながらしゃべった。
しゃべる度に煙草が上下に揺れる。
『じゃあなんで煙草をくわえてるんですか?』
男はちょっと困った顔をしてこう答えた。
「なんていうか、職業柄?」
私は初対面の人になにをずけずけと聞いているのだろう、と思った。
『質問攻めにしてごめんなさい』
「いやいや、大丈夫。俺の名前は飯田和也。一応大学生の二十歳。何か困ったことあった
ら行ってくれたら相談に乗るよ」
私は飯田にお辞儀をして、紙に自分の名前を書いた。
「南風楓ちゃんか。よろしく」
飯田が帰った後、私は回覧板をめくった。
特に特別なことは書いていないようだ。
この地区での注意事項。
歩きたばこ、ポイ捨て、ペットの糞の始末などが書かれている。
次のページには最近あった出来事が一言程度に書いてあった。
自転車と自動車の接触事故、近くの小学校であった問題、工事中の場所…。
私の目があるところで止まった。
『女子中学生の自殺。八月十七日であの事件からちょうど二カ月』
自殺?
なぜかそのニュースに引き寄せられた。
この一文しかないので、詳しくは分からない。
誰かに聞こう。
飯田に聞くのがいいのだけど、さっきこっちまで来てくれたから出てきてくれるかな。
私は隣の家まで足を運んだ。
チャイムを鳴らすと少し経った後、飯田が出てきた。
「南風さん。どうしたんだい?」
私は飯田にお辞儀をすると、回覧板のあのニュースの一文を指さした。
「ああ、これの内容が知りたいのか。名前は伏せるけどね、中学生が男子高校生に弄ばれたんだよ。中学生のほうは彼氏とでも思ってたんだろうけどね、高校生のほうからしたら、ただのおもちゃだったらしく、一番最後に酷いことされて、いろいろ言われたりしてね。耐えられなくなって自殺したんだ。自宅の自分の部屋でリストカットしてね」
リストカット……。
「その子の部屋が血だらけでね。酷い光景だったらしい。部屋中にその高校生の名前と、呪いの言葉が書いてあったらしいよ。酷いもんだ。しかも、その高校生はなんも罰せられなかったしな。だから、そういう奴もいるからさ、あんまり人を家にあげないほうがいいよ私は」
お辞儀で感謝を伝え、家に戻った。
今聞いたことをメモ用紙に書いた。
リストカット、とメモ用紙に書いたところで、お気に入りの机や椅子が赤く染まっていく光景が頭を横切った。
書き終えたら、気を取り直してもう一度回覧板を読んだ。
後は特に気になるものはなかった。
最後のページに、八月三十一日に夏祭りがあるらしい。
それもメモに書いて、隣に回覧板を回しに行った。