あしあと-8月15日(3ページ目)
私は昼の薬を飲むと一息ついた。
午前中は洗濯物を洗ったりしていたので、結構疲れた。
昨日、野杉がいろいろ買ってきてくれたが、私は料理ができないので、結局おにぎりを食べたのだ。
お腹が全然すかないので、おにぎり一個でも十分だった。
私がリビングでそんなことを考えているときにチャイムがなった。
出てみると、野杉がそこに立っていた。
「こんにちは」
野杉の挨拶に私は頭を下げて中に入るよう手で促した。
「あぁ、今日はちょっとそこのホームセンターいこうと思って。ここ書くものもないじゃん?いろいろと不自由だろうから、一緒に買いに行きましょう?」
私はここで待っているから、準備してきて。
野杉は玄関に腰掛けながらそう言った。
丁度良い機会だと思い、私は服を着替えに行った。
といっても、同じ服しかないのだけれども。
私は着替えると玄関に戻った。
「靴は一足しかないの?」
靴箱を開けていた野杉は私を見るなりそういった。
もちろん、それしかない。
白衣の人はそんな何足も揃えてくれるような人間でもなかったし、なにより私自身が必要としなかったから気付かなかった。
スーパーよりも少し歩いたところにホームセンターがあった。
「ここはこの村で一番大きいホームセンター。結構品揃えもよくてね、皆ここをよく使ってるわ」
確かに結構大きなホームセンターだ。
記憶にあるものと同じぐらいだろう。
ホームセンターに入った野杉は迷わず文房具売り場に歩いて行った。
私は少し戸惑いながらついていくと、野杉はメモ帳を指さしていた。
「これ必要なんじゃない?相手に何か言いたい時とかさ」
確かに。
私は頷きながらメモ帳を一冊手に持った。
「あ、カゴがいるんじゃない?取ってくるから待ってて」
野杉がカゴを取りに行っている間、ペンを見ていた。
書くものもいるだろう。
ボールペンを一本取ったと同時に野杉が戻ってきた。
「ほら、ここにいれて」
私がメモ帳とペンを入れ、カゴを持とうとしたら、私が持つから、と野杉は言った。
その言葉に甘えることにして、他にも見て回ろう、と彼女は言った。
生活用品を一通り見て、工具のコーナーへ来た。
「ここらへんのはいるかな?あっても使えないかな?」
そんなに弱そうに見えるのだろうか。
私の心を見抜いたのか、腕すごい細いじゃん、と彼女は言った。
「あ、でもこれを持っといたほうがいいかも」
野杉はカゴに小さなハンマーを入れた。
私が首を傾げているとこう言った。
「ハンマーはいろいろ便利だからね。いつも手の届くところへ置いときなさい」
なにが便利なのかよく分からないが、私はハンマーも買うことにした。
いろいろな生活用品をレジに持っていき、お金を払い終えると、野杉はせっせとビニール袋に買ったものを詰め始めた。
弟か妹でもいるのだろうか。
ずいぶん面倒見がいい人だ。
私はそう思いながら空になったカゴを直しに行った。
家に帰ったら野杉は少し早い夕食の用意をしてくれた。
その間、私は買ったものをテーブルの上に広げて、整理していた。
だいたいの物は片付いたのだが、どうしてもハンマーを入れる場所が見当たらなかった。
いや、入れる場所ならどこにでもあるのだが、「いつも手の届くところへ置いときなさい」って言われたのを思い出して、どこに置いておこうか迷ってしまったのだ。
両手にチャーハンをテーブルに運んできた野杉はそのハンマーに気付いた。
「ああ、ごめんね。そんなもの買わせちゃって」
彼女は苦笑しながらチャーハンをテーブルに置いた。
「そういえば、名前教えてもらっていい?」
チャーハンを口に運びながら私に言った。
野杉は新品のメモ用紙とボールペンを渡してきた。
私はボールペンのキャップをはずすと、一息ついた。
字を書くのは何年ぶりだろう。
一画一画を丁寧に私は自分の名前を書いていった。
南風 楓
「なんふう…?」
野杉は首を傾げながら私の名字を読んだ。
私は漢字の隣にふりがなをふった。
みなみかぜかえで。
「ああ、これそうやって読むんだ。珍しいね」
私は、ふんふんと頷いた。
「じゃあ楓ちゃんでいい?」
いきなり名前で呼ばれたので私はスプーンからチャーハンをこぼした。
「だめ?」
私は首を勢いよく振った。
「よかった。じゃあ楓ちゃん。よろしくね」
私は差し出された手を握った。
久しぶりの友人が出来た瞬間だった。
野杉の手は豆だらけだった。