あしあと-8月14日(2ページ目)
自然に起きた。時間は6時。
いつも通りだ。
私は身体を起こし、冷蔵庫からおにぎりを出す。
冷たいおにぎりを食べながら、今日なにをするのかを考えていた。
このままでも生活に不自由さはないが、食べ物がそのうち尽きるので、どこかの店を探さなければいけない。
誰かに聞くこともできない。
今日は昨日と逆方面に歩いて行こう。
私はそう決めると、外着も家着も同じ服なので、そのまま出ることにした。
おにぎりを食べ終え、薬を飲むと一応松葉杖を持ち外に出た。
昨日はうっかり久々の外だったので忘れただけだが、今日は忘れない。
私は片手に松葉杖を両方持ち、昨日と逆方面に歩いた。
しばらくいくと、スーパーらしきものが見えた。
丁度、両足の感覚がなくなったところだった。
私は松葉杖を使い、なんとか近くの木までたどり着いた。
木の根元に腰を下ろし、一息ついて周りを見渡した。
かなり緑が多い。
この木も相当でかい。
空を見ると今日も快晴のようだ。
雲が一つもない。
両足に感覚が戻ってくると、私はスーパーに足を運んだ。
徒歩三十分ぐらいだろうか?
普通の人なら二十分もいらないのではないか、と思うぐらいの距離だ。
私はスーパーに入ると、カゴを持ち、食べ物を探して歩いた。
料理はできないので、レトルトとかそこらへんでも買おうかと思った。
スパゲティやレトルトカレーをいれて歩いているところだった。
「あ、あなたは昨日の」
昨日の女子高校生に声をかけられた。
「今日は買い物なの?」
私の前まで来るとそういいながらカゴの中を見た。
「あら、レトルトばっかりじゃないの。もしかして料理できないの?」
心配そうに私の目を見る彼女の顔は私にとっては鬱陶しかった。
私は首を横に振り、彼女の横を通り過ぎようとした。
それを彼女は許さなかった。
私の腕を掴み、私の顔を自分に向かせた。
「こんな細い腕して、作れないんでしょ?私が作りに行ってあげるよ」
彼女はそういうと、私の腕を引っ張りながらスーパーの中をぐるぐると歩きまわった。
どこまでお人よしなのだ、この人。
彼女は私の腕を引っ張りながら食材をカゴに放り込んでいく。
「好き嫌いある?」
ずっと不味い食事だったのでなんでもよかった。
私は首を横に振った。
彼女は少し考え込み、カレーにしましょうか、と一言言った。
「お邪魔します」
彼女は礼儀よくそういうと、靴を揃えながら家へあがった。
「いい家ね」
私はそう言う彼女にキッチンまで案内した。
「作り方教えてあげるわ。メモ用紙かなんかない?」
そう聞かれて私は首をかしげた。
そういえば、紙や書くものがないのだった。
使わないので忘れていた。
「そういうのも買いにいかないとね。とりあえずお昼ご飯作るわね」
彼女はそういうと、買ってきた物を次々と冷蔵庫にいれ、使う分だけをキッチンに並べた。
キッチンに食材を並べていた彼女は私の薬を見つけた。
「あ……やっぱり病気持ちなのね?」
そりゃそうだろう。何もないやつが歩けないわけない。
そう思いながら私は頷いた。
「しゃべれないのも病気のせい?」
違う。
「そうなんだ。まぁ、あんまり聞かないほうがいいかな?さっさとカレー作るね」
彼女は笑顔でそう言った。
笑顔なんて何年ぶりに見ただろう。
人の笑顔はこんなにも美しかったのか。
私はぼーっと彼女の顔を見つめていた。
「なに?なんかついてる?」
慌てて彼女は自分の顔を手で触った。
私は首を横に振って、リビングへ向かった。
ここにいても邪魔だろう。
しばらくすると、カレーの匂いがしてきた。
ああ、これがカレーの匂いだったな……。
そう思っていると、口の中に唾液が溜まっているのに気付いた。
「ほら、できたよ。食べようよ」
彼女はカレーを二人分運んできた。
その後にサラダも。
豪華だな。
そう思うのはおかしいのだろうか。
私が手を合わすと、彼女も手を合わした。
いただきます。
「いただきます」
口にカレーを運ぶ。
おいしかった。
久しぶりに味のあるものを食べた気がする。
「ねえ、おいしい?」
彼女がそう聞くので、私は素直に頷いた。
すると、彼女は満面の笑みを浮かべた。
本当に美しい笑顔だと再び思った。
「そういえば、あなたの名前は?」
私は突然問われて驚いた。
名前……。
でも、教えるにもどうやって教えよう……。
「あ、私の名前は野杉優香よ。遅くなってごめんね」
野杉さんか……。
私はどうやって自分の名前を教えようか悩んでいたら、彼女は突然立ち上がった。
「忘れていた!今日部活の練習だった!お皿洗ったら行くね!」
そう言って皿を手に取ろうとした彼女の腕を私は掴んだ。
私が洗っとくから行って。
そう目で訴えると、伝わったのか、彼女は皿から手を放した。
「ありがとう」
いいえ、こちらこそありがとう。
野杉は走って出て行った。