あしあと-9月11日(25ページ目)
彼女、南風楓は野杉と共に電車に乗った。
電車の窓に顔を押し付け、景色を目に焼き付けようとしていた。
リズムよく揺れる電車と一緒に二人の身体も揺れた。
彼女は念のため車椅子を持ってきていた。
しかし、足取りはしっかりしていて、なぜ車椅子を押しているのかすれ違う人々は疑問に思うだろう。
「ここに車椅子は置いていこう。必要になったら私が走って取りに来るから」
野杉はかつて彼女に目隠しをした辺りで止まり言った。
彼女は頷くと車椅子から手を離した。
「行こう、楓ちゃん」
野杉は彼女の手を引いた。
今度は彼女も目を開けて歩く。
あの場所へ近づく。
声が出たあの場所。
その時見た景色と今見ている景色が重なっていく。
だが、一つだけ違うところがあった。
どこまでも続く草原の途中にベンチがあったのだ。
あの壊れてしまった豪邸のところにあったベンチ。
彼女がその豪邸を眺めるときにいつも座っていたベンチ。
それがぽつりとあった。
野杉は立ち止まった。
楓は歩く。
そのベンチに向かってゆっくりと。
夏の終わり、そして秋の初めの季節。
綺麗な草原を暖かい風が撫でるように吹く。
彼女の長い髪も一緒に撫でていく。
ベンチの前まで行くと楓は振り向いた。
そして、風に乗せるように声を出した。
私、1ヶ月しかいなかったけど、色々なことがあったの」
楓は真っ直ぐ野杉の目を見て言った。
前はずっと薄暗い病室に居たの。そこにはなにもなかった。採血や薬を飲まされたり、そんなことがずっとずっと続いたの」
彼女は一呼吸置いた。
「最初、私は死に場所を探しに来たつもりだった。でもね、あなたと一緒にいたら生きたい、と思った。不思議よね、病室に居たときは死ぬこと
しか考えていなかった私が」
手に持っていた麦藁帽子をかぶった。
あの時の服装だった。
水色のワンピースに麦藁帽子。
ベンチに座った彼女は、風景と共に一つの絵となっていた。
「私は幸せだ。こんな綺麗な場所で眠れるもの」
彼女は空を見上げた。
「私が死んでもなにかに生まれ変わる。ある少年が言っていたの。壊れる、という事柄はないのだと。だから私は生まれ変わるまで眠るの」
そして野杉のほうを向いた。
「ありがとう、優香。あなたは私以上に幸せになってね」
見たこともないような綺麗な笑顔で楓は言った。
野杉優香の目から涙が流れた。
風は止んだ。
そして。
南風楓の口が再び動くことはもうなかった。
雰囲気を出したくて文字と効果音、BGMだけの動画を作りましたのでよかったら見てください。
内容は一緒なので見なくても大丈夫です。
https://www.youtube.com/watch?v=R_fJ-E0FKN4




