あしあと-9月5日(19ページ目)
今日は家で寝ているつもりだった。
最近動きっぱなしなような気がした。
よく気を失っているような……。
多分、嘘ではないと思う。
こうやって日記をだらだら書いて過ごそうと思っていた。
チャイムがなった。
私は受話器を取り、どなたですか?と、問いかけた。
返事は返ってこなかった。
仕方なく私は玄関まで行ってみた。
人影はある。
もう一度受話器を取り、同じことを言った。
返事は返ってこず。
居留守を決め込もうかと悩んだが、大事な用がある人だったらいけないと思い、扉を開けた。
だが、そこには最悪な人物が金属バットを持って立っていた。
沢木洋平。
名前すら聞きたくない。
そいつが立っていた。
私はすぐに扉を閉めようとした。
この家の扉はスライド式だった。
沢木は扉の隙間に足を突っ込み無理矢理こじ開けた。
私の力では敵わず呆気なく開けられた。
「良い子だからじっとしてな!」
沢木はそう言うと家に入ってきた。
私は走って逃げた。
リビングまで走る。
しかし、もちろん家の中なので、逃げ場所がない。
縁側ともいえるほどの大きい窓があるが、リビングについたときには沢木は後ろに立っていた。
「なんの用よ!」
私は大声を張り上げる。
震えを隠すためもあった。
沢木は私に金属バッドを向けるとこう吐き捨てた。
「おまえのせいでな、俺はいろいろと聞かれたんだよ。医療費もかかるわ、散々だった。全部おまえのせいだぞ」
私は驚きで声がでなかった。
確かに殴ったのは私、らしい。
だが、どう見ても沢木が先に手を出してきたと私は思う。
「俺は気が済まないわけだよ。わかるか?」
私はリビングの隅に置いていたハンマーを手に取る。
昔、野杉がいろいろ便利、と言って買ったものだ。
まさかこんなところで使う羽目になるとは。
沢木が私のほうに手を伸ばす。
油断した隙を見計らってハンマーを振り上げた。
その作戦はいとも簡単に失敗した。
「二度も同じ手は食わないぜ」
金属バットでハンマーを弾かれたのだ。
沢木の手が私の腕を掴む。
「ほっそい腕だな。これじゃ抵抗できないだろ」
笑いながら私の腕を強引に引っ張る。
その時だった。
「おいガキ。なにやってんだ?」
低く力の入った声が聞こえた。
沢木がその迫力に震えたのが分かる。
私が顔を上げると、そこには飯田が居た。
火のついていないタバコを咥えて。
「お、おまえなんだよ!」
「隣の飯田っていうんだ」
「隣のやつがなんで来るんだ!」
「その前にその手、どけろよ」
飯田は沢木を睨みつける。
「うるせえ!」
そう怒鳴りながら沢木は飯田に向かって金属バットを振り下ろした。
鈍い音が私の耳に届いた。
「やっぱガキだな。金属バット使ってその程度か」
飯田の肩に振り下ろされた金属バットが当たっていた。
実際は直撃しているはずだった。
なのに、顔色一つ変えないで飯田は立っていた。
飯田は金属バットを掴むと沢木を蹴飛ばした。
リビングの壁に叩きつけられる。
何本か骨が折れた音が聞こえた。
「なんだ……おまえ……」
「とある人に頼まれてな。実は隣の家は借りているんだ。俺一人しか住んでいない」
飯田はタバコを上下に揺らしながら話す。
「俺の部下もこの村中配置してある。ま、わからんようにはしてあるがな」
沢木は苦しそうに顔を上げる。
「おまえ……村の人間じゃないな……」
「ご名答。俺は、まぁ自分で言ったらだめなんだけど、ちょっとした裏の人間でな」
私は驚く。
沢木に掴まれていた腕が痛い。
「この楓ちゃんをよろしく頼まれてな。おまえがこの家へ強引に入ったのを聞いて飛んで来たんだが……遅かったか」
「いえ、助かりました」
まだ震える身体を押さえながら飯田にお礼を言った。
「沢木洋平、おまえはうちで処分する。心配するな、家族には事故と耳に入るだろう」
飯田は上から見下ろすように沢木に言った。
それを合図に男が二人、私の家へ入ってきて叫ぶ沢木を連れ去った。
「さて、と。楓ちゃん、すまないな」
飯田は頭をさげた。
私は首を振る。
「隣の飯田っていうやつは他のやつだ。俺はそいつの存在を借りているだけなんだ」
「借りているんですか?ってことは名前も違うんですか?」
「名前も違うな。俺の正体は言えないが、ある少年がうちの事務所にやってきてな。頼みがある、と」
しゃべり辛いのか、タバコをポケットに片付けた。
そしてこう続けた。
その少年は金はないと言った。
だが、うちは大金をつまれないとなにもしないことにしていたんだ。
逆に言えば、大金さえあればなんでもするような営業だ。
その少年はこうも続けた。
おまえを素手で倒せるぜ、ってな。
俺は笑った。
嗤った。
強さには自信があったんだ。
だからこそ俺はそこの営業の一番上に立つんだが。
まぁ、強さだけじゃ一番上には立てないのは承知の上。
自分で言っちゃなんだけど、俺は部下に尊敬されていた。
その大勢の部下の前でそんなこと言われちゃ格好がつかないって思ったんだ。
少年の挑発に乗った。
大人気ないとも思ったな。
だが、結果は散々だった。
少年は片腕だけで俺を押さえつけたよ。
そしてこう言った。
『おまえは自分の強さと自分を尊敬している部下を都合よく使っているだけだ。半分は怯え、半分はおまえに褒められようと頑張る。いいのか?
それで。俺はそんなことはどうでもいいんだがな』
俺は頭に血が上った。
こいつだけは生きて返さないと思ったんだ。
楓ちゃんにこんな話をするのはどうかとは俺も思うんだが……。
少年を振りほどき、何度も殴りかかった。
結果は同じ。
拳一つで返されてしまう。
部下は見ていられなくなったのか、一人が頭を下げた。
やめてください、と。
次々と部下たちは頭を下げた。
俺は惨めだった。
少年はそれを見て依頼の内容を言った。
とある村に一人の少女が引っ越してくる。そいつに近づく災いがあればそれを抹消してほしい、と。
俺はすぐに準備をした。
一人でここに来る予定だった。
ここに来て成長しようと思った。
しかし、事務所を出るとき、部下は頭を地面につけて俺を待っていてくれた。
俺は問うた。
おまえら、俺が格好悪いと思わなかったのか?
部下の一人は言った。
あなたの本当の強さは殺し合いの強さではないことはみんな知っているんです。俺たちは確かにあなたに怯えていました。強すぎる力に。でも
、それだけでついてきた俺たちじゃないんです。この中にはあなたに助けられた連中も大勢居ます。俺もそうです。このご恩をお返しできるよう
になるまで地獄でもどこにでもついていきます。
俺はあの少年に感謝したよ。
こいつらの気持ちなんて知ろうともしなかったな、って。
きっとあの少年に試されているんだ。
俺はそう感じた。
そして楓ちゃんを守る役を任されたんだ。
飯田……いや、名前を知らない人はそう言った。
多分名前を聞いても教えてくれないと思ったからもう飯田でいいだろう。
洒落じゃないよ?
「その少年は誰だったんですか?」
私は飯田に聞いた。
突然そんなわけも分からない話をされて戸惑っていたが、嘘をついているようにも見えない。
「名前は言わなかったな。聞いても教えてくれなかった。ただ、青緑の目をしていたな」




