あしあと-8月13日(1ページ目)
そこは、まさしく『田舎』と呼んで相応しい場所だった。
二階建ての木製の家。
私は荷物を和室の一室に置くと、家の中を歩いてみた。
『―――なにかあったら呼ぶとすぐ駆けつける。どこか行きたい場合でも呼んでくれ』
白衣の男達はそう言って、車で帰って行った。
二度と呼ぶものか。
私はそう思いながら、キッチンを見た。
流しとコンロが二つ。
なかなかいいと思う。
その家を簡単に説明すると、玄関からすぐ左に廊下があり、少し行った右に和室部屋がある。
私はそこに荷物を置いた。
そして、そこから廊下を一歩進んだところの左手にお風呂があった。
言うのを忘れていたが、先ほどの和室の部屋より玄関よりの左にトイレがある。
お風呂のまた一歩進んだところに二階に行く階段があり、また一歩進むとドアがあった。
ドアを開けると、キッチンにでる。
キッチンは広く、小さいテーブルひとつなら置ける。
右側に大きなリビング。
キッチンとリビングの間には襖で仕切られるようになっていた。
私は二階へのぼった。
のぼるのは意外ときつかったが、二階は三部屋あるようだ。
階段をのぼりきった目の前は壁で、上に小さな窓がある。
そこから右側の部屋が一番大きい部屋である。
やはり畳だ。
そして、その部屋の奥に襖で仕切られている小さな部屋があった。
丁度、階段の上らへんだろう。
ものすごく小さい部屋だ。
物置だろうか?
その部屋をぬけて、次の部屋へ行く。
この部屋は階段をのぼった場所から左側の部屋になる。
これで一周できるようになっているようだ。
とりあえず一回りしたところで、私は荷物を整理しようと思った。
といっても、あまり荷物などない。
あるのは、数枚の白い服、下着、薬、少しの食べ物。
後は自分で買いにいかなければいけない。
薬は毎食後だ。
朝食は絶対食べなければいけない。
まぁ、五年間も全く同じ生活を送ってきたのだ。
同じような生活になるだろう。
まずは身の回りのものを買わなければいけない。
近くにホームセンターみたいなところがないだろうか?
私は家を出て、周りを見渡した。
特に大きい店はないようだ。
適当に歩くことにした。
十分ぐらい歩いたところだろうか。
私は地面に倒れた。
コンクリートだったので、手でなんとか顔から倒れるのは防いだが、結構な痛みだ。
両足が突然痺れ、力が入らなくなるのはいつものことだった。
痛み止めのおかげで激痛は走らないが、痺れだけはおさえられないらしい。
私は言うことの聞かなくなった足を引きずりながら、近くの壁にもたれようとした。
その時だった。
こっちにきて初めて声をかけられた。
「大丈夫?」
見上げると、そこには女子高校生くらいだろう。
制服を着ている少女が私を見下ろしていた。
「立てないの?」
彼女は私に手をさしのばしてくれた。
私はどうしようか迷ったが、ありがたく手を借りた。
手を借りたからと言って、立てるわけではなかった。
私は片手で、その壁の傍まで行きたいの、と伝えようとした。
「もしかして、しゃべれないの?」
彼女は私の片手だけ掴んで私の目を覗き込んだ。
軽く頷くと、私の両手を持ち立ち上がらせてくれた。
というより、私の両腕を高くまで持ち上げ、立たせた感じだ。
「軽いね、あなた」
彼女は驚きながら、壁のところまで運んでくれた。
感謝の意を込めて頭を下げた。
「いいのよ、どうしたの?足」
どう伝えたらいいのかわからなく、私は目を泳がせた。
「あ、ごめんなさい。言いたくないよね」
彼女は少し笑いながら言った。
「じゃぁ、私は行くね。お大事に」
彼女はそう言い残すと、私が来た方向へと歩いて行った。
私はぼけーっとしながら、空を見ていた。
青空なんていつぶりだろう。
五年ぶりかな。
そんなことを考えていたら、足に感覚が戻ってきたので、またしばらく歩いた。
家に帰るともうお昼になっていた。
とりあえず、荷物の中にあったおにぎりを冷蔵庫にいれていたのを思い出したので、それをほおばった。
結局、ホームセンターはなかった。
それどころか、緑が増す一方だった。
歩いている途中でまた足が痺れたが、なんとか帰ってこられた。
やはり車椅子は必要だったのかもしれない。
久しぶりに外を歩いた嬉しさはなかった。
この五年間でなにを失っただろう?
感情、しゃべり方、心……。
いろいろなくなってしまった気がする。
大切な部分が壊れたのか、もう反応しないようだ。
私にとってはどうでもいいのだ、そんなことは。
今、私にとって一番大切なことは死に場所を探すところだ。
最後の一口を口に押し入れると薬を飲むために立ち上がった。
薬はたくさんあった。
ほとんどが鎮痛剤だ。
この病気は私が一番初めにかかったらしく、全然予想すらされなかったらしい。
なんとか、これで痛みぐらいはなくなる。
薬を飲み終わると、リビングに寝転がった。
今朝、歩いたので少し疲れたようだ。
そっと目を閉じていると、いつのまにか眠ってしまった。
この日は結局、家の中を整理していたら太陽が沈み、寝る時間がやってきたのだった。