あしあと-9月3日(17ページ目)
昨日は無気力だった。
日記を書く気力さえなかった。
警察が来て、電話のことを話してくれた。
沢木は野杉の家へ、隠し持っていた合鍵で入り、私の電話番号を書き写したらしい。
私は電話番号を一応変えた。
そして今日は、あの場所に行くことにした。
野杉に連れて行ってもらった場所。
そして人が住んでいない家がある場所。
二つとも行こうと思った。
電車に身を任せ、目的地まで向かった。
駅を出て、最初に誰も住んでいない家へ向かった。
この前と変わりなく、そして寂しくその家はそこにあった。
私はベンチに腰掛ける。
ここに居ると、まるで別の世界にいる気分だった。
あるのだろうか。
私が生きている世界とは別の世界というものが。
あるのなら、誰がなにをしているのだろうか。
そんな夢みたいなことを考えていると足音が聞こえた。
振り返ると、そこには少年が立っていた。
その少年は青緑色の目をしていて、片目が髪で隠れて見えない。
「また会ったな」
少年はそう言った。
私は軽く頷いた。
「この場所は好きか?」
同じように頷いた。
「俺も好きだな。ここに来た時はいつもこいつを見に来る」
しばらく沈黙があった。
「私、許せない人がいるの」
まったく知らない少年に私はそう言った。
そう言ってしまった。
誰にも相談することが出来なかったから。
野杉にはもちろん、飯田に言っても誰かわかってしまう。
「そいつを殺したいか?」
少年はストレートに聞いてきた。
私は頷く。
ため息が聞こえた。
呆れられたのだろうか。
「なぜ許せない?自分がなにかされたのか?」
「許せないのは私のことじゃない。大事な友達が……」
「辛い目にあったわけだな。そいつのせいで」
少年は一呼吸置く。
「そいつを殺してどうなる?その友達はすっきりするか?心の傷は消えるか?その辛い記憶は消えるか?」
心臓を一突きにされる感覚だった。
されたことないけど。
「心の傷なんて他人がどうのこうのできるもんじゃない。家族でもな。自分以外の、って意味の他人だ。その人自身の問題なんだ。最終的にはな
。だから、どうにかさせたいなら一日でも早く忘れさせてやれるようにすることぐらいだな。そのためにはどうするかは自分で考えな」
少年はそこまで言うと息を吐いた。
私は考えた。
家族に忘れ去られた家を見ながら。
この家は誰かにいてもらいたかったのだろうか。
一分でも一秒でも長くいてもらいたかったのだろうか。
野杉のために私にできることは……。
「この前、私に聞いたよね」
「あー、あれね」
少年は頭を掻きながら言った。
そして口を開けた。
「なんでも願いが叶うなら何を願う?」
私はその言葉を聞き、目を閉じる。
前のような焦りはなかった。
願えばいいな、そう心を込めながら想いを声として出した。
「死ぬ寸前はなんの不自由もなく、普通の人のようにすごしたいな」
それを言った後、私は恥ずかしくて顔が赤くなった。
なんでこんなことを言っているのだろう。
願いが叶うだなんて笑ってしまう。
きっとあの時には思いもしなかっただろう。
感情を全てなくなっていたあの時期には。
「いいねぇ」
少年はそう言った。
「それ気に入った。願いを叶えてやろうじゃないか」
その言葉に私は驚き振り返った。
そこにはもう、少年はいなかった。




