あしあと-9月1日(16ページ目)
目を開けてまず視界に入ったのは見慣れた寝室の天井だった。
木目が少し不気味に見える。
起き上がり、周りを見渡すと目が腫れた野杉と心配そうに私を見ている飯田が布団の傍らにいた。
「楓ちゃん!」
野杉が私に抱きついてきた。
私は記憶が混乱していてなにがなんだか分からなかった。
「楓ちゃん、昨日のこと思い出せるかい?」
飯田はタバコを出しながら言った。
そのタバコを飯田は咥えるが火はつけない。
私はぼんやりとしか思い出せなので首を振った。
「俺が見たのは君が沢木という高校生を石で殴ったところからだ。その前のことは野杉さんから聞いた話だが、楓ちゃんは沢木に襲われたそうだ
な」
タバコを上下に揺らしながら飯田はしゃべった。
だんだん昨日の出来事を思い出してきたのと同時に頭が痛くなってきた。
ただ、覚えてるのは野杉が泣いてる場面までだった。
そのことを伝えると飯田は説明してくれた。
野杉は泣きながら私に抱きついている。
「俺は野杉さんの悲鳴を聞いて駆けつけたんだがな。楓ちゃんがふらふら立ち上がって、右手に持っていた少し大きめの石で沢木の頭を殴ったん
だ。その時、君の目の焦点はあってなかったように見えた。ちなみに、沢木は今は病院だ。警察沙汰になっている。あいつには前科があるからな
」
私はいきなり色々なことを教えられ、さらに混乱してきた。
ちょっとまってください、と言い、しばらく頭の整理をした。
頭の整理をしている間に野杉は泣き止み、ごめんなさいと言った。
私はなぜ謝るのかと聞いた。
「あの時、私おかしかった。いきなり楓ちゃんに怒鳴って、ほったらかしにして走っちゃって……」
「それはいいんだけど……」
私は戸惑った。
「野杉さん、話すぜ?」
飯田は野杉にそう言った。
野杉はそれに頷く。
「これ、覚えているだろう?」
飯田が見せてきた紙には、『女子中学生の自殺。八月十七日であの事件からちょうど2ヵ月』という一文が書いてある。
そう、最初の回覧板にあったニュースの記事である。
そのことについて飯田に聞いたものだ。
「覚えてる」
私は頷きながら言った。
『名前は伏せるけどね、男子高校生に弄ばれたんだよ。中学生が。中学生のほうは彼氏とでも思ってたんだろうけどね、高校生のほうからしたら
、ただのおもちゃだったらしく、一番最後に酷いことされて、いろいろ言われたりしてね。耐えられなくなって自殺したんだ。自宅の自分の部屋
でリストカットしてね。その子の部屋が血だらけでね。酷い光景だったらしい。部屋中にその高校生の名前と、呪いの言葉が書いてあったらしい
よ。酷いもんだ。しかも、その高校生はなんも罰せられなかったしな』と、飯田はそう教えてくれたのだ。
「その中学生の子はな、野杉さんの妹のことなんだ」
飯田の言葉に驚く。
野杉は下を向いていた。
「そして、察している通りだ。男子高校生というのは沢木……沢木洋平のことだ」
その事件について、飯田は詳しく話してくれた。
元々、野杉優香と沢木洋平は付き合っていたそうだ。
それは全然問題なかった。
だが、野杉優香が自分の家へ沢木をつれてきたことによって最悪な展開になっていった。
以下、野杉優香のことは優香、野杉春子のことは春子とする。
沢木は野杉の妹の春子に目をつけた。
優香に気づかれないように春子に近づいた。
そして浮気が始まった。
優香は自分に気が向いてないことにだんだん気づいていたらしい。
だが、相手が誰なのか検討もつかなかった。
リストカット事件が起こるまでは。
優香は部活から帰宅し、春子の部屋に向かった。
ノックしても春子から返事はなく、いつもしまっている鍵も開いていた。
優香はドアを開けた。
そして、優香は絶望した。
血まみれの部屋。
春子の机、椅子、ベッド。
さまざまなものに血は飛んでいた。
手首以外も切っていたらしく、そこから出た血で白い壁に文字を書いてたそうだ。
『洋平死ね。優香死ね。みんなみんな地獄へ堕ちろ!』
それが壁一面に何度も書き殴られていた。
優香は吐きながらも救急車に電話し、救急車がついてから警察に連絡した。
沢木は逮捕され、いろいろ聞かれたらしい。
だが、なぜか罰はなかった。
そこらへんの事情は詳しくは分からない。
沢木は春子を優香と比べて劣っていると最後に言ったという噂が村中を回った。
そして、村中は沢木にではなく優香が悪いんだということになった。
沢木が村の偉い人の息子だったから。
誰も責めれなかった。
責めたら自分も村中から嫌な目で見られると怯えて。
飯田は言い終えるとタバコをポケットにしまった。
私は今の話を聞きながら昨日のことを思い出した。
高校生二人がしゃべってたこと。
『もう男はこりごりなのかな』
あれは沢木のことだったのか。
私は沢木に怒りを覚えた。
そして、昨日の最後、気絶する寸前も同じ感情だった。
本気で殺そうと思っていたのを思い出す。
「石で殴ったのは楓ちゃんだからな、警察はここにも来るだろうけど」
飯田はそう言いながら立ち上がった。
「野杉さん、心配だろうけど今日はもう帰ろう。楓ちゃんだって疲れてるだろうし。野杉さんも帰って休みな」
二人が帰るのを見送り、私は冷蔵庫にある残り物を冷たいまま口に入れた。
しばらくして警察が来た。
石で殴ったことをちゃんと言った。
警察の人は沢木のほうにも悪い部分があるみたいだし、と言った。
私は電話の件やストーカー行為などのことも言った。
なぜ電話番号が知られてしまったのか、とか。
警察は調べておいてあげると言って帰って行った。
私は沢木洋平というやつを思い出すたびに怒りが芽生えた。
殺したいほどに。
野杉を絶望に落とした男をその絶望より深い絶望を味あわせたい、と。




