あしあと-8月28日(12ページ目)
声を出せるようになってから三日が経った。
あの後、どうやら野杉が家まで運んできてくれたらしい。
昨日、一昨日から熱が下がらなくなり、足も痺れて動けなくなってしまった。
野杉はそれに責任を感じているらしく、何度も謝り、看病してくれた。
声を出すのも慣れてきて、普通に話せるようにもなった。
ようやくそれらが治まってきたころのことだった。
窓の外を人影が通った気がする。
この家は庭があり、人が通る道ではないはずだった。
私は松葉杖を手に持ち、窓まで進んだ。
今日はとても良い天気だと思った。
散歩にでかけよう。
ここ数日外に出ていない。
ある程度歩けるまでは回復している。
私は外着に着替えると松葉杖をつきながらゆっくり外に出た。
三日前、声が出せるようになった場所へ向かう。
行き方は覚えているので問題はなかった。
家を出たときだった。
人影もないのに音がした気がした。
周りを見渡してもなにもいない。
気のせいだと思い、そのまま駅へ向かった。
駅に電車が着き、私は降りた。
しばらく歩くと見慣れない光景が広がっていた。
そうだ、ここから目を瞑って野杉に手を引いてもらって行ったのだ。
道がわからないのでひたすら真っ直ぐ歩いてみた。
すると、前とは違う場所に着いた。
私は目を見開いた。
そこには大きな豪邸があったのだ。
だが、今住んでいる気配はない。
壁もぼろぼろでとても住める状態ではなかった。
鉄格子の扉が半分倒れていて中に入れた。
庭のようなところに入ると、その豪邸がよく見えた。
蔦が巻きついていて、ガラスが割れ、酷い状態だった。
私は庭のベンチに腰かけた。
とても昔のものか、もうボロボロだった。
しかし、私が乗っても壊れはしなかった。
大きな庭には子供が遊ぶ遊具が何個もあった。
小さい子供がここに住んでいた家族にいたのだろう。
草を踏む音がした。
振り向くと、私と同じ年ぐらいの少年が立っていた。
外国人なのか、目が青緑色をしていた。
片目が髪で隠れていて見えない。
少年はゆっくりと私の傍まで歩いてきた。
しばらく少年は私と同じように豪邸を眺めていた。
そして、少年は口を開けた。
「ここには昔、人が住んでいたんだな」
当たり前のことを、ゆっくりと言った。
「ここに住んでいた人たちはどこへ行ったんだろうな」
少年は問いかけた。
「どこかに引っ越したんじゃないのかな?」
私は答えた。
「そうか」
少年は少し悲しげに答えた。
そして続けてこう言った。
「この家はどういう気持ちでその家族を見送ったんだろうな。そして、ここにどういう気持ちでずっと居たんだろうな」
「そんなの……家に心なんてあるわけないじゃない」
「そうか」
少年はまた悲しげに答えた。
「君はここになにしに来たんだ?」
今度は私に直接きいて来た。
「散歩してただけよ。あなたは?」
「散歩か。俺は自分の不出来な作品を見に来たんだ」
「この家のこと?」
私がそう聞くと、少年は黙った。
沈黙がしばらく続き、少年はこう言った。
「なんでも願いが叶うなら何を願う?」
「え?」
私は戸惑った。
しばらく考えてこう言った。
「もっと自由が欲しかったかな」
「そうか」
少年はそういうと、踵を返して私に背を向けた。
「ここは夕方冷えるぞ。長居はよくない」
私は黙ったまま言葉を聞いた。
しばらくして、私は振り返った。
あの少年はもういなかった。




